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おちょぼ稲荷

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今尾左義長を見た帰り、
同じ海津市平田町にある「千代保稲荷神社」
(ちよぼいなりじんじゃ)へ参拝しました。

京都の伏見稲荷、愛知の豊川稲荷とともに、
日本三大稲荷のひとつとも言われ、
地元では「おちょぼさん」の名で親しまれる神社です。

つづきはこちらから
by dendoroubik | 2014-02-16 00:24 | 岐阜 | Trackback | Comments(0)

金沢 浄安寺の邪鬼

四天王といえば・・・

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東大寺の戒壇院で 四天王に踏んずけられる
邪鬼のマンガチックでとぼけた表情は、
踏んずけている四天王のリアルなカッコよさ以上に印象に残ります。 

しかし、彼らはただ踏んずけられているだけ・・・

金沢寺町寺院群・・・
浄安寺という浄土宗のお寺の邪鬼は山門の柱を持ちあげています。 

(仕事してます!)

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まるで・・・タルタロスで巨大な岩を山頂まで
永遠に持ちあげつづけるシーシュポスのよう・・・。 

 「ほー? アテ そないにカッコよろしおすか?」
 「う・・・うん。まあ・・・」


でも、なんで大阪弁?
by dendoroubik | 2011-08-12 21:49 | 石川 | Trackback | Comments(0)

京都 法然院の椿

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4月1日から7日まで、
法然院の春の伽藍公開があります。
              
椿を見にいきました。

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by dendoroubik | 2011-04-05 18:51 | 京都 | Trackback | Comments(2)

京都 勧修寺

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随心院の次は、お約束のように勧修寺へ。

しかし、ちょうど「京都伝統産業青年会展」が開催されていて、
関係者や放送局、さらには地元の小学生が社会科見学かなにかで
大挙していた随心院とは打って変わって、
勧修寺には観光客はひとりもいませんでした。

桜や氷室池の蓮が咲いていないいまは、
シーズンオフ・・・ということなのでしょうか。

書院まえに「臥竜の老梅」が咲いていました・・・

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by dendoroubik | 2011-03-19 09:51 | 京都 | Trackback | Comments(0)

京都 随心院2

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隨心院は真言宗善通寺派の大本山で、
正暦8(991)年、弘法大師の8代目の弟子、
仁海僧正によって創建されます。

ある夜、仁海僧正は、
亡き母が牛に生まれ変わっている夢を見ます。
僧正は、その牛を鳥羽あたりに探し求めて手厚く世話をしますが、
まもなく死んでしまいまい・・・悲しんだ僧正は、
その牛の皮に両曼荼羅の尊像を描いて本尊としたといいます。

「随心院」のもとの名「牛皮山曼荼羅寺」の由来です。

その後、曼荼羅寺の塔頭のひとつとして、
隨心院が建立され、ついで後堀河天皇より、
門跡の宣旨を賜り、以降 隨心院門跡と称されます。

つぎつぎに伽藍が建造され、
多くの寺領も有していましたが、
応仁の乱によりほとんどが焼失。

たびたびの移転の後、慶長4(1599)年、
ふたたび小野に本堂が再興され、現在に至ります・・・

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by dendoroubik | 2011-03-17 22:15 | 京都 | Trackback | Comments(0)

京都 随心院1

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「はねず」

・・・というのは、黄味がかった淡紅色をいい、
くちなしで下染めをし、紅花で染めた染物から
その名がきているそうです。(漢字で「朱華」とも)

染物とどちらが先なのか知りませんが、
京都山科小野の随心院の「はねず梅」は、
その名の通りの色・・・今月10日に観に行ったのですが、、
かなりの遅咲きらしく、
梅園に肝心の「はねず梅」は咲いていませんでした^・・・

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by dendoroubik | 2011-03-16 22:03 | 京都 | Trackback | Comments(4)

大和路 興福寺

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奈良のどこが好きといって・・・
数えればキリもありませんけれど・・・

塔のすばらしさは、他の追随を許しませんね。
興福寺、薬師寺、法隆寺、法起寺、法輪寺・・・etc・・・

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何度、ドキドキしたかわかりません・・・
by dendoroubik | 2011-02-09 23:38 | 奈良 | Trackback | Comments(0)

大和路 東大寺南大門

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「デカい」・・・といえば、東大寺でこの南大門の、
運慶・快慶の仁王像もデカいですね。

先日、松本清張の『小説日本芸譚』を
パラパラと読み返していたら、
巻頭が『運慶』(最後が『止利仏師』)でした。

末期の運慶の 京都七条仏所、
病床での回想を軸に話はすすんでいきますが・・
・もちろん、この仁王像にも話は及びます。

ラジカルな写実が時代の風を受け、
京都仏師を追い越した慶派の棟梁として辣腕を振るう運慶・・・

しかし 世間は度の過ぎた「写実」に
少々 飽きはじめています。

「写実」のなかに、「宋の新様式」をとりいれた 
ライバル・快慶がもてはやされだした頃、
南大門の仁王像の発注がきます。

クライアントの重源も
「運慶の作はリアルすぎて、信仰の対象にはならない」
と快慶を高く買っています。

運慶が「吽形像」快慶が「阿形像」を受け持って 
わずか69日で制作された仁王像も・・・世間は・・・

「快慶のよさを、運慶が踏みにじった」

とそっぽを向いてしまいます。

このへんは、時代や人を追い越していったはずの男が、
いつの間にか取り残され・・・
怨嗟や嫉妬を撒き散らす いつもの「清張節」炸裂です^^

「もう一度、東大寺、興福寺も炎上して、
悉く自分の彫像が灰になればいい」

そんな言葉を残して、運慶はこの世を去ります(小説では)・・・

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by dendoroubik | 2011-01-28 19:43 | 奈良 | Trackback | Comments(0)

大和路 奈良の大仏さん

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子供のころは大きく思えたものが、
大人になって案外 小さく感じられることはよくありますが・・・

ひさしぶりに見た大仏さんは、
心づもりをしていたよりも、大きかったです。

いつの間にか、不当に卑小化してしまってたのかもしれませんね。
なので・・・いつもより大きいサイズでアップしてみました(笑)

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by dendoroubik | 2011-01-27 23:31 | 奈良 | Trackback | Comments(0)

大和路 東大寺 転害門

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平城京の南一条・・・法華寺から西に延びる道は「佐紀路」 東へ延びる路は「佐保路と呼ばれます。
佐保路を東にすすむと、転害門に突き当たります。
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国宝の指定を受けている、三間一戸八脚の堂々とした門ですが、いつも観光客がひきもきらない南大門にくらべて、訪れる人は稀です。
平重衡の兵火、三好・松永の戦いの戦火からも免れ、いま東大寺の伽藍建築のなかで、唯一 天平時代をしのぶよすが・・・なのですが、観光ルートからすこし離れていることが災いしているのでしょうか・・・
あるいは、主要建築群から離れていることが幸いして、兵火を免れたのかもしれませんが・・・
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「転害門」と呼ばれる由来は、大仏殿の西北にあり、吉祥の位置で「害を転ずる」の意によるともいわれます。
佐保路に面したことから「佐保路門」・・・源頼朝暗殺をたくらんだ平景清がひそんだとの伝説から「景清門」ともいわれていたそうです。

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by dendoroubik | 2011-01-12 20:10 | 奈良 | Trackback | Comments(0)