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富山に到着して、まず向かったのは
高岡市の瑞龍寺(曹洞宗)。

加賀藩二代藩主前田利長公の菩提寺です。
国宝の法堂で毎年6月と7月の1日,
「ひとつやいと」という恒例行事があります。

およそ350年まえ、修行僧が疲れを癒すために、
膝下のツボに灸を据えたのが始まりといわれ、
明治以降に一般にも広まったものだそうです。

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この行事のことは以前から知っていたのですが、
チャレンジするのは今回がはじめて。
500円を払って、法堂の廊下にひざを出して座ると、
僧侶が万病に効くとされるぐさを両膝に据え、
線香で火をつけてくれます。

熱い! 

でも、なんだか身体がスッキリした気分です。
宿願を果たすことができて気分も晴れやかでした^-^v
by dendoroubik | 2012-06-05 18:00 | ◆越中の祭 呉西 | Trackback | Comments(4)

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棟方志功は、終戦間際の昭和20年、富山県南西部の福光へ疎開し、6年8ケ月の間、ここで暮らします。
いまでも、福光では、身を寄せていた光徳寺、寓居跡に建つ愛染苑、そのまえに移設された寓居、福光美術館などで棟方作品を堪能できます。
とくに、裏山で霊感を受け、一気に描きあげたという「華厳松」という大傑作の襖絵を見ることのできる光徳寺は、ほかの所蔵品ともども必見です。
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光徳寺の近くを流れる「だまし川」に、棟方志功は好んで散策したといいます。
漢字で「瞞着川」と書くらしいですが、もとは豆黒川、鯰川・・・などとも呼ばれていたそうです。
「だまし川」と呼ばれるのは、加賀の殿様が、カッパにだまされてひと晩中、川のあたりをさまよった・・・という昔話に由来するそうです。今では、こちらが通り名になってます。
おそらく、その話に着想して、棟方志功は『瞞着川板画巻』という全30柵(棟方は作品のことを「柵」と呼んでいたみたいですね)の版画を残しています。
実物は福光美術館で見ることができますが、光徳寺近くの「道の駅 福光」の裏のだまし川沿いには、レプリカの石碑が13基並び、眺めながら散策できるようになっています。
(写真奥の白い頂は白山ですね)
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版画をつづけて読むと、短い文章になっていて、夢とも現実ともつかない不思議な気分に誘われます。ひとを喰った出だしの文章がいいんです^^

           ソ・ソ・ソ・ソー
           河伯(カッパ)の絵を描いていたらネ。
           写生かと言われてね。成程と、感心しちゃったんですよ。
           河伯がゐるモンだからね。この辺はですよ。
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          この川をわたくしは好きでよく行きますよ。
          流れのある様な、淀んでゐる様な川面をながめて居ると鯰が、
          大きい奴が斑の腹を見せて、ぬるりと底に沈んで行くんですよ。
          静かな真昼間ですが、あたりがジーンと穴の様になって来ましてね。
          何か夢の中に居る様な、自分も他も無くなって仕舞ふんですよ。
          これが妙だとか、不思議だとか、欲得も無くなるこころ持、
          くすぐったく有難くなりますよ。
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          ネムもレンゲも花をすぼめてあたりに棚の様な、
          モヤモヤした水蒸気に包まれてゐましたよ。
          そそそろ河伯も出たい頃でせう。
          なんだかねむくなって来ましたよ。
          こう変になって仕舞ってね。
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          河伯のユメでも見て、水の中を自由、気楽に泳ぎ廻りたいもんですナ。
          上田秋成サマではないけれど、
          ウロクジの仲間になって好き放題、
          鯉か恋にでも抱きつきたいですよ。
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          こんな事を言って、瞞着川の河伯にヤラれて居るんじゃ無いかなあ、
          判ったモンじゃありませんよホンマに。


          ちゃんと、サゲまでついています^^

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by dendoroubik | 2010-10-09 12:58 | ◇富山マイナー観光案内 | Trackback | Comments(0)

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仏像の本をみると、その素材は・・・木材(檜、香木など)・金属(銅、金銅、鉄)・石材・粘土・乾漆・・・などに分けられる、とあります。
金属といっても、アルミニウムの仏像・・・というのは、どんな本にも書かれていないと思います。
しかし、富山新港に屹立する高さ9.2メートルの弁財天は、まぎれもなく高純度のアルミニウム製です・・・
「アルミ製の弁財天像としては、おそらく日本最大」
と観光案内は控えめですが、僕が見るところ、弁財天どころか他の仏像にも類例はなく、日本一どころか世界一のアルミ仏像じゃないでしょうか・・・?

富山新港は「放生津潟」と呼ばれる干潟でした。
むかし、干潟に築かれた島には、弁財天が祀られていたそうです。
戦後、富山新港の工事が始まり、社殿は片口地区へ移され、昭和61(1986)年、この立像が建立されます。

アルミニウムである理由は・・・
高岡銅器⇒大戦中の銅の地金不足と、アルミニウムの軍需品生産への転向⇒戦後の、サッシなどのアルミ製品への展開⇒富山新港のシンボル・・・として選ばれたんじゃないでしょうか・・・?
(憶測です^^; 確証はありません・・・)
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展望台から・・・
ロシアの船(写ってませんが^^;)・・・
発電所の向こうに立山連峰・・・

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by dendoroubik | 2010-10-08 23:33 | ◇富山マイナー観光案内 | Trackback | Comments(0)

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1924(大正13)年、当時小杉郵便局長であった
須藤利作氏が自費で建てた建築物。

10年ほどまえに公開された映画『大河の一滴』でロケ地に。
(なったらしいです^-^;)
たしか、映画のポスターなんかにも
この建物がつかわれてたような気がします。

外観だけ「チラ」と見たにすぎませんが、
町の気概が感じられる立派な建物ですね。
by dendoroubik | 2010-10-05 23:54 | ◇富山マイナー観光案内 | Trackback | Comments(4)

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高岡市の伏木は、観光地としてのポテンシャルのとても高い土地です。
標高274mの二上山が富山湾に落ち込む東裾、小矢部川河口の左岸・・・というロケーションが、まずいいですね。そのため、坂の多い町です。
富山を代表する景観のひとつ、海越しの立山連峰を臨める雨晴や松田江浜も海岸線をあと少し・・・
天平18(746年)この地に、越中国守として、大伴家持が赴任し、5年間滞在します。
越中国府跡と推定される場所は、現在の勝興寺・・・境内に碑が建っています。
中世風の豪壮が伽藍(重要文化財)をもつ、この勝興寺もまた見ごたえがあります。(「勝興寺の七不思議」というのがあり、そのひとつ「実ならずの銀杏」という見事なイチョウの巨木も印象的です)

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by dendoroubik | 2010-09-30 18:47 | ◇富山マイナー観光案内 | Trackback | Comments(7)

黒部 北野の石がん

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富山の黒部港には「旋回可動橋」と「生地の清水(いくじのしょうず)」というのがあって、単身赴任中、3度訪れました。
あまり観光客が訪れない場所ですが、どちらも見飽きない好きなスポットです。

北陸自動車道の黒部インターから港までの県道の傍らに「北野の石がん」というのがあります。
「石がん」というのは、仏像を安置するために造られた石の入れ物のことで、これは南北朝時代の建造物ということです。
地元では「北野のミョウドウ」とも呼ばれているそうです。

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by dendoroubik | 2010-01-23 21:17 | 富山 呉東 | Trackback | Comments(2)

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大晦日、富山出張は大雪。

ホテルで荷を解いて市街地をひとりブラブラ・・・

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by dendoroubik | 2010-01-05 23:27 | 富山 呉東 | Trackback | Comments(4)

初詣 加茂社

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元旦の朝、仕事まえに富山県射水市戸破の加茂社で初詣。

戸破・・・というのも難読漢字ですね。「ひばり」と読みます。

もとは「戸割」と書いて「へわり」と呼ばれていたそうですが
雨乞いをした際、戸を破るような大雨が降ったことからこの字が当てられるようになったそうです。
「へわり」が訛って「ひばり」に。

「ひばり」が訛って「へわり」なら「なるほど!」
なんですが・・・もうひとつピンときません。
が、『越中富山ふるさとチャレンジ ・公式問題集・』にそう書いてました(笑)


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by dendoroubik | 2010-01-02 22:54 | 富山 呉西 | Trackback | Comments(6)

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秋山祐一氏の『日本酒』という本、岩波新書版では21ページに都道府県別の日本酒の「甘」「辛」分布図が載っています。
それによると「辛口」を好むのは、北から「北海道」「新潟」「富山」「大阪」「高知」「熊本」となっています。

父方の祖先は、土佐高知、母方は大阪です。生まれ育った京都伏見は「やや辛口」に分類されています。
富山に住んでた2年間、富山の日本酒を心の底から「うまいな~」と思ったのは、遺伝のしからしむところだったんでしょうか(笑)・・・というのは、ただの酒飲みの妄想ですね(笑)

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by dendoroubik | 2009-09-24 21:00 | ◇富山マイナー観光案内 | Trackback | Comments(4)

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庄川の畔、中田地区に「あしつき公園」はあります。

「万葉集」といえば大伴家持・・・ですが、日本中で家持にいちばん親近感を抱いているのは、おそらく富山の方々ですね。ご当地の奈良県よりも。
「万葉集」といえば、わが滋賀県では、湖東の方々には「あかねさす・・・」と「むらさきの・・・」の額田王と天武天皇が、大津では志賀の都を歌った柿本人麻呂が親しく感じられるのではないでしょうか。
(幼稚園から大津に住んでいる息子に聞いても、知りませんでしたが・・・)
「琵琶湖就航の歌」にも人麻呂の歌は残響しています(「志賀の都よ いざさらば」)

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by dendoroubik | 2009-09-23 23:01 | ◇富山マイナー観光案内 | Trackback | Comments(0)