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タグ:■7月の祭 ( 109 ) タグの人気記事

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ひとくちに「まつり」と云っても、勇壮な神輿まつりやだんじり、典雅な曳山まつりや
奇想に満ちた、いわゆる「奇祭」と呼ばれるもの、人知れずおこなわれる民俗行事などさまざまです。

「どんな祭りが好きですが?」と問われて、いくつか例を挙げていくと
「舞踊系がお好きなのですね」と云われることがよくあり、面食らってしまうことがあります。
さまざまな祭りの、いろいろな側面に恋着を感じていて、とくにそれが踊りというジャンルに括られる
という意識が本人にないからですが、例に挙げるものには、踊りの要素が濃いのかもしれません。

第3四半期に見た祭りを改めて振り返ってみると
たしかに「こいつは踊りが好きなのだな」と思われるようなラインナップになっています。
ブログをご覧いただいている方は「踊りというより、べっぴんさんが好きなだけではないのか?」
と思われるかもしれませんが、それは「祭りが好き」ということとは別の次元に属する嗜好の問題です(笑)


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by dendoroubik | 2019-10-12 05:00 | ◆今年見た祭 | Trackback | Comments(4)

国府夏まつり 後篇

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UPし切れなかった写真がまだ相当あったので、何のプランもなく「前篇」としましたが
よく考えてみると、僕が感じたこの祭りの魅力については「前篇」ですでに伝え切ったように思えます。
もちろん、知らない魅力は、もっといっぱいあるにちがいありませんけれど
何を付け加えたらいいかがわかりません。 が、せっかくなのでタレ流し気味に画像を羅列します。

意図せぬ、この祭りの楽しさが伝わればいいのですが・・・


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by dendoroubik | 2019-08-02 05:00 | ◆三河の祭 | Trackback | Comments(0)

国府夏まつり 前篇

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東海道五十三次「関宿」から11宿東に下って36番宿「赤坂宿」
この宿場町で、昨年「宮道天神社 雨乞いまつり」という祭りを見ました。
赤坂宿から、名高い御油の松並木をさらに東に東海道を歩けば(名鉄で二駅)
まもなく、かつて三河国の国府が置かれた、その名も「国府(こう)」という町。

この町の大社神社でおこなわれるのが東三河三大夏祭りに数えられる「国府夏まつり」です。


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by dendoroubik | 2019-07-30 20:26 | ◆三河の祭 | Trackback | Comments(2)

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往時の宿場町の面影を色濃く残した町並みを、提灯に灯りを入れて巡行する山車。
その姿はとても美しく、2日間にわたって執りおこなわれる関神社の祇園夏祭りの初日ですから
宵宮ならではの風情かと思えば、2日目もやはり夕刻からスタートします。

どういった謂われがあるか、曳山祭なのに夜のみの巡行です。

日中に巡行する京都の祇園祭とは異なり、夜に曳行される山車もたくさんありますが
山車を譲渡された水口祭や日野祭などはやっぱり昼間に巡行します。
それでも夜に山車が動くというのは、嗜好というか、文化圏がちがうということなのでしょうか。


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by dendoroubik | 2019-07-26 05:00 | ◆伊賀の祭 | Trackback | Comments(8)

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「この美しい山車を、見たままの美しさで切り取ろうとしても、僕の技量では
 実物の美しさの10分の1にも満たぬ、この程度の写真を撮るくらいが関の山だ」

・・・という風に、可能な限界を表す「関の山」という慣用句は
三重県亀山市「関宿 祇園祭」の山車が語源になっているのだそうです。
「これ以上豪華絢爛にはつくれまい」と思われるほど贅沢な設えだったことからきているとも
宿場町の狭い路地を、山車がギリギリに巡行する姿からきている、ともいわれるようです。


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by dendoroubik | 2019-07-25 05:00 | ◆伊賀の祭 | Trackback | Comments(2)

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東海道五十三次、47番目の宿「関宿」には宿場町の面影が驚くほどよく残されています。
江戸時代から明治にかけて建てられて建物が400軒ほども残り
そのうち半数ほどが保存指定を受けているという、度外れた密集度の町並みです。

祭りが、それが生まれた時代とは遠くかけ離れた背景でおこなわれることを
ちょっと物足りなく感じたりする、ということはないでしょうか。
近世に生まれた祭りが、その時代そのままのような町並みを背景におこなわれるのは稀有なことです。
これほど「リアル」な舞台で執りおこなわれる祭りを、いままで見たことがありません。
敬愛する達人toraさんのブログ『旅と祭りのフォトログ』で知り、今年はじめて訪ねてみました。


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by dendoroubik | 2019-07-23 19:45 | ◆伊賀の祭 | Trackback | Comments(2)

祇園祭 神幸祭

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祇園祭が今年で1150年目を迎えるという根拠は・・・

貞観11年(869)国内各地で天変地異や疫病が多発したの受け
国家の平安を祈るため66本(当時の国の数)の矛を立てて御霊会をおこない
これに神輿が送られた・・・という八坂神社の社伝によるものですから
室町時代に体裁をととのえた山鉾巡行でなく、神幸祭へ行くべきだ・・・

とそう思い行きました・・・というのはウソで当日 出張で山鉾巡行は見られず
あんまり悔しいので、帰りに神幸祭を少しだけ覗いてきました(笑)


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by dendoroubik | 2019-07-18 05:00 | ◇祇園祭 | Trackback | Comments(6)

あとのまつり

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滋賀県甲賀市土山には黒滝、黒川、山女原の3つの地区に
「花笠太鼓踊り」と呼ばれる雨乞いの行事が伝承されています(滋賀県指定無形民俗文化財)。
室町時代に流行した風流踊りをベースにしたもののようですが
この地区ではじめられたのは時代がくだって、太鼓の銘から18世紀後半あたりといわれます。
もっと昔からおこなわれ、太鼓は造り替えられただけかもしれませんが詳細は不明です。

黒滝 惣王神社で7月の第二日曜におこなわれる「花笠太鼓踊り」を見に行きました。
いや、行くつもりだった、というのが正確です。 下調べをせずに出かけたものですから
昨年から、人手不足のために踊りはなくなり、神事のみがおこなわれていることを知らずにいたのです。

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「それまで踊られていた雨乞い踊りを明治四十年から五年間、休止したところ
 明治四十五年、村が大旱魃に見舞われた。 そこで付近の天王山山頂で篝火を燃やし
 雨乞い踊りを復活したところ、三日間の慈雨に恵まれたという。(『滋賀の百祭』大塚虹水)


踊りがなくなったことを教えてくださった地元の男性の口吻に、無念さが滲んでいるように思えました・・・

by dendoroubik | 2019-07-16 05:00 | ◆近江の祭 甲賀 | Trackback | Comments(0)

さぎ踊

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よく知られているように「鷺舞」は中世の「拍囃子物」と呼ばれる芸能のひとつで
祇園社(八坂神社)の「御霊会」(祗園祭)でおこなわれていたものが起源です。
「鷺鉾」と呼ばれる傘鉾があり、その下で白鷺の扮装で舞っていたといわれます。


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by dendoroubik | 2019-07-15 05:00 | ◇祇園祭 | Trackback | Comments(6)

小町おどり


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「小町おどり」は、寛永11年、徳川家光上洛の際、京の町娘がこれを歓迎して踊ったことがはじまりといわれます。
 白峯神社の精大明神祭で少女たち、祗園祭の花傘巡行で祗園東の舞妓さんも踊り、それぞれ多少のちがいはありますが
 鉢巻に桔梗の銀カンザシ、襦袢を片袖脱ぎに見せた衣装(元禄時代の衣装)で踊るのは、そのためなのですね。


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by dendoroubik | 2019-07-14 05:00 | ◇祇園祭 | Trackback | Comments(2)