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最後は八幡神社での「大神楽」「嘉嘉踊」の奉納となります。
鉄パイプで観客席が組まれ、さすがにここでは見物人が先にくらべ格段に多いです。
張り渡されたワイヤーに吊るされた御花が風になびく会場からしてドラマチックです。


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by dendoroubik | 2018-10-20 07:00 | ◆美濃の祭 | Trackback | Comments(2)

赤穂義士祭 2

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赤穂義士祭は明治36年にはじまり、今年で114年目を迎えるという歴史も驚きですが
平日にも関わらず、小学生を含めてかくも多くの市民が参加していることに感動してしまいました。
しかも、この日1日だけではなく、1週間まえより
「忠臣蔵ウィーク」として市内各所で多彩なイベントがおこなわれているそうです。


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by dendoroubik | 2017-12-15 20:23 | ◆播磨の祭 | Trackback | Comments(2)

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ずいぶん以前から「出石お城まつり」へ行ってみたいと思っていました。

でも、思い立ったときから時間が経ちすぎて
どうしてこの祭りに行こうとしていたのかさえ思い出せなくなっていました。
ようやく行けそうになった今年も、前日、下呂へ往復9時間の日帰りをしたこともあり
ゆっくり休もうか、それとも、3年に一度しかおこなわれない別な祭りへ行こうか
当日の朝まで決めかねていたくらいです。

なぜこの祭りに興味をもったのかを思い出したのは
胡乱なことに祭りを見ていた最中・・・それもかなり後半のことでした。

そうだ。 奴振り(槍振り)が見たかったんです!(笑)


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by dendoroubik | 2017-11-07 01:36 | ◆但馬の祭 | Trackback | Comments(2)

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午前中に「粉黛式」「戴盃式」が終わると
午後1時に「本殿祭」そのあと御田での芸能奉納となります。
正午過ぎ「本殿祭」へ向かう奉仕者が動き出します・・・


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by dendoroubik | 2017-06-17 07:09 | ◆摂津の祭 | Trackback | Comments(4)

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江戸時代に、長沢御坊の名で親しまれる福田寺(ふくでんじ)住持の摂専が
従兄弟にあたる彦根藩主、井伊直弼の計らいで
摂政関白右大臣二条斎敬の妹かね子(明治天皇皇太后の従妹)を室に迎えた際
夫人に随従してきた供方が伝えたものといわれるのがこの奴振りです。

「公家奴振り」と呼ばれるのはそのためで
一般的な奴振りにくらべて、とても優雅というかスローモーです。


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by dendoroubik | 2016-11-20 08:02 | ◆日本の祭り | Trackback | Comments(2)

油日神社 奴振り 前篇

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油日神社(滋賀県甲賀市甲賀町油日)例祭は5月1日。
神輿渡御などがおこなわれますが、5年に一度、
これに盛大な「奴振り」奉納などが加わります。
今年がこれに当っていました。

なぜ、5年に一度なのかはわかりませんが、
江戸時代まではこの祭りの祭主「上野頭」のほかに、
4つの「頭殿」が順に祭りを執りおこなっており、
明治以降、1頭になったためといわれています。

5年まえにも見せていただいたのですが、
あいにくの天気で、途中で切りあげて帰宅。
今回は、そのつづきも見るつもりで出かけました・・・

つづき
by dendoroubik | 2016-05-06 23:14 | ◆近江の祭 湖南 | Trackback | Comments(4)

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長浜曳山まつり、15日の本日(ほんび)の朝。
福田寺公家奴振りが、長濱八幡宮への朝渡りを先導していました・・・。

この日は渦巻状をなした雨雲が西日本を横断し、雨が降りつづくかと思えば
急激に青空が広がったりと、めまぐるしく天候が変化する一日でした。
朝から、止み間なく降りつづいていましたが、奴振りが長濱八幡宮の石畳の参道の差しかかると
みるみる青空がひろがってゆくのが不思議でした。

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蓮如上人が三年間滞在したという長沢御坊(福田寺)。
住持の摂専が、従兄弟の井伊直弼の取り計らいで
摂政関白右大臣二条斎敬の妹、かね子を正室に迎えた際
随従してきた供方が伝えたといわれるこの奴振り。

全国に伝えられる奴振りは、「武家奴振り」と呼ばれるもので
「公家奴振り」は、ここだけのものだけだそうですが、
正直、そのちがいが僕にはわかりませんでした(笑)

 ヨーイヤセ、アレワイサノサ-
 コレワイサーノセー

超スローモーな動きで、まるであたりが真空になってしまったかのような不思議な雰囲気をつくってゆきます・・・

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前夜の「夕渡り」とは逆の順路で、一番山から順に八幡宮へ向かう「朝渡り」。

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今年の出番山は、くじ順に、猩々丸(船町組)、高砂山(宮町組)鳳凰山(祝町組)、壽山(大手町組)

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御幣、役者、若衆、中老が本殿へ参拝します。

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紋付に角帯、化粧まわしをつけた美々しい姿の長刀組の力士に先導されて「太刀渡り」がはじまります。
これがこの祭りのはじまりとなった大切な行事で、とても厳粛な雰囲気のもとにおこなわれます。

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長濱八幡宮は八幡太郎義家の発議によって創建されたものといわれます。
その義家が八尺の神木を太刀にして「後三年の合戦」の凱旋をしたという故事にちなむもの。
この地ではじめて大名になり、戦火で衰微した長濱八幡宮を再興した秀吉は
八幡太郎の太刀渡り行列を家臣に再現させ、後にはこれを町年寄十人衆」に行わさせ観覧した
・・・と神社の由来書にあるのだそうです。

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鎧姿の八人の子供が、長さ八尺・・・2メートル余りの木刀を腰に差して渡っていきます。
背中には剥き身の刀をクロスさせて背負い、右手にも剥き身の刀。本殿参拝のあと、御旅所へと渡ってゆきます。

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最後に長刀組の中老による「翁招き」。このとき、ふいにまた雨が降り出しました。
「長刀組」と書かれた札のついた青竹を抜き、本殿へ向けて3回振ってから
その年の壱番山の曳山の方へ向けられます。
これを合図にシャギリが一斉にはじまり、神前狂言の幕開け・・・となります。

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曳き揃えられていた4基の曳山から、壱番山、猩々丸が神前へと曳き出されると、
またもや不思議なことに、雨がピタリと止み、青空がひろがってきました。
「本日」では、八幡宮の神前から御旅所まで、計4回の子ども狂言が執行されます。

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昨年の12月、浜大津で、「近江の祭りフォーラムin大津」というイベントがあり、
翌年、出番を控えた猩々丸の子供たちが、すでに練習のはじまっていたシャギリを聞かせてくれました。
同じ舞台で、三番叟も披露されたのですが、奇しくも、猩々丸は壱番くじを引き当て
本番でも三番叟が演じられることとなりました。

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アーケード下、金屋例席で、壽山の「鳴神」の開演を待っていると
直前に、白雲、黒雲が湧きあがり、雷鳴が轟きました。
洒落て言ってるのではありません。ほんとうに雷が鳴ったのです。
これには、ゾクっときてしまいました!

by dendoroubik | 2015-04-18 08:06 | ◇長浜曳山まつり | Trackback | Comments(2)

春照太鼓踊り 天の巻

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お旅所を出発した一行は、90分にわたる道行の後、八幡神社へ宮入りし、太鼓踊りを奉納します。
返礼踊り、ふり踊り、太鼓踊り、綾織り、終結の踊りまで、これも約90分にわたる長大な太鼓踊りです。


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by dendoroubik | 2014-10-09 14:21 | ◆近江の祭 湖北 | Trackback | Comments(0)