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<   2009年 05月 ( 36 )   > この月の画像一覧

野洲 御上神社

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三上山の麓、国道8号線沿いに御上神社があります。
鳥居が二方向にあって、国道側の鳥居から入ってしばらく参道を行くと、楼門(重文)・拝殿(重文)・本殿(国宝)が一直線に並ぶ美しい檜皮葺の屋根の連なりが目に入ってきます。

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by dendoroubik | 2009-05-31 00:02 | 滋賀 湖南 | Trackback | Comments(4)

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「木のもとに汁も膾も桜かな 翁」

お花見をしていたら、桜吹雪が舞ってきた・・・汁のうえにも、膾のうえにも・・・
汁とか膾とか、俗っぽい言葉の選び方にユーモアのセンスを感じます。

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by dendoroubik | 2009-05-30 14:56 | 滋賀 湖南 | Trackback | Comments(2)

草津 矢橋帰帆島一周記

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自動車で通り抜ける限り、
ここが島だということには気づきません。

近江八景のひとつ「矢橋の帰帆」でお馴染みの矢橋港の沖に、
下水処理場のために埋め立てて造られた人工島、
その名も矢橋帰帆島(いい名前!)があります。

航空写真では、はっきり島であることがわかりますが・・・
これは一度、歩いて実感しなければなりません。



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by dendoroubik | 2009-05-29 22:32 | 滋賀 湖南 | Trackback(1) | Comments(4)

湖南 西応寺

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奈良時代、菩提寺山の山麓から山上にかけて
大伽藍を有していた少菩提寺は、
信長の焼き討ちで、ほとんどが消失してしまします。 

少菩提寺三十六坊のほとんども失われますが、
この西応寺は現存する数少ないひとつです。 

西応寺庭園は、菩提寺山をバックに、
築山へ枯滝・枯流を設けた枯山水のスケールの大きな庭です。

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by dendoroubik | 2009-05-29 10:29 | 滋賀 湖南 | Trackback | Comments(2)

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出張で舞鶴まで。

朝、早めに家を出て、
1時間ほど舞鶴東港を散策します。

明治時代以降、軍港として発展・・・
なぜか空襲を免れたため、
旧日本海軍の兵器庫などに使われていた
赤煉瓦倉庫群が今も残ります。
去年の6月、重要文化財に指定ています。

左が「まいづる智恵蔵 (重要文化財 )」 
旧舞鶴海軍兵器廠弾丸庫並小銃庫
左が「舞鶴倉庫北吸六号倉庫 ( 重要文化財 )
奥が「舞鶴倉庫北吸七号倉庫  
旧舞鶴海軍兵器廠雑器庫並預兵器庫

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by dendoroubik | 2009-05-28 00:01 | 京都 | Trackback | Comments(4)

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富山に単身赴任していたとき、2度ほど地元の職場の女の子の結婚披露宴に出席させていただきました。

出席の旨を伝えてしばらくして、その女の子が、引き出物の配達先は、社宅か実家か、どちらにするか と訊いてきます。

「配達・・? そんなん、持って帰るで」

と言うと

「なぁん・・・(否定を意味する万能富山弁)

とあいまいな微笑み・・・。

理由もわからないまま、とりあえず社宅の住所を書いたのですが、彼女がそう言った意味を理解するのは、社宅に 「それ」 が届いたときでした。

果物や乾物、缶詰などの食料品がダンボール箱にいっぱい・・・さらにみごとな 「鯛のかまぼこ」!

これが有名な富山の鯛のかまぼこか!・・・感慨ひとしおでした。

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by dendoroubik | 2009-05-27 00:04 | 富山 呉西 | Trackback | Comments(4)

金沢 主計町茶屋街

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有名な話ですが、主計町という町名は、昭和45年の「住居表示に関する法律」によりいったん消失しました。
しかし、金沢市と住民の強い希望で、今から10年ほど前に旧町名が復活し、今も「ひがし茶屋街」「にし茶屋街」と並ぶ、金沢三茶屋街のひとつとして多くの人々に愛されています。

市町村合併やなんかで、新しくできた名前にロクなものはないですね。
東西南北が頭についている地名はだいたい、いかがわしいです。

ちなみに僕は、西**小学校、北**中学校、西**高校出身です。

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by dendoroubik | 2009-05-26 00:58 | 石川 | Trackback | Comments(2)

さるなしの花

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庭のさるなしの花が咲いてます。

2年前に198円のポットを買ってきて
地植えしたものですが、結構りっぱに育っています。
(ほったらかしなのに)。

秋には>どんぐりをやや小ぶりにしたような実をつけます。

収穫した実は、ビニール袋に入れて、
1週間ほど冷蔵庫に入れておきます。
ぶどうのように、ツルっと皮が剥けるようになります。

キウイフルーツそっくりの味がします。

それもそのはず、キウイフルーツは中国産の 
「シナさるなし」をニュージランドで改良したもの。

サルがわれを忘れて食べることから
「さるなし」と名付けられたといいます。

サルがさるなしを集めて洞穴で醗酵させたのが 
「さる酒」一度、呑んでみたいものです。
by dendoroubik | 2009-05-25 00:12 | Trackback | Comments(0)

大津 幻住庵

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幻住庵からの眺め・・・じゃありません。
向かいの聖徳太子堂の展望台からの、瀬田川の眺望です。
今の幻住庵は木立が生い茂り、瀬田川から琵琶湖にかけての眺望は得られません。(木立の合間から仄見えるにすぎません)
『幻住庵記』には、比叡山、比良山、唐崎の松、三上山などが出てきますので、芭蕉が住んでいた頃には、きっとこれくらいのパノラマやったに違いありません。

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by dendoroubik | 2009-05-24 22:31 | 滋賀 大津 | Trackback | Comments(2)

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「あっ。芭蕉さん、お出かけですか?」
「ちょっと、大阪まで」
「吟行に・・・?」
「いえ。弟子の酒堂と之道の喧嘩の仲裁にね・・・」
「ふーん。お急ぎなんですね。JRを使われるなんて」
「ええ。大阪駅から御堂筋線に乗り換えます・・・
  で、本町まで」

「インフルエンザ流行ってるみたいですから、気をつけてくださいね」
「ありがとう」
「素敵なメッセンジャーバッグですね」
「・・・。」


しかし、芭蕉さんが淀川を遡って、ここ大津に帰ってきたときは、もうこの世の人ではありませんでした。
元禄7(1694)年9月14日、遺言により大津義仲寺に埋葬されます
by dendoroubik | 2009-05-24 21:13 | 滋賀 大津 | Trackback | Comments(4)