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出町子供歌舞伎曳山まつり 2019 その1

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出町子供歌舞伎曳山まつりは、富山県砺波市中心市街地に鎮座する出町神明宮の春季祭礼。

3町(西町、東町、中町)が曳山を保有し、そのうえの舞台で子供歌舞伎が演じられます。
もともとは祭礼日に3つの町がそれぞれ子供歌舞伎を奉芸していたようですが
1969年より、毎年1町ずつの交代制となり、今年は中町が当番町。

29日の朝「出町子供歌舞伎曳山会館」から、まず当番町の中町、西町、東町
・・・の順に曳山が曳き出され、それぞれの町に据えられます。
午前9時、中町の町会所から出町神明宮まで、豆役者(子供役者)たちがお披露目のお練りをおこないます。




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昨年当番町だった東町も『太十』(これは出町の定番のようです)と『釣女』の二本立てでしたが
通常は外題は1本。 なぜ今年『義経千本桜』と、いつも演らない『三番叟』が附いているのか不思議でしたが
出町神明宮での最初の奉芸を見たとき、とても感銘を受け「やはりこれは演らなければならなかったものだ」
ということがひしひしと感じられました。 パンフレットを読むと「上演にあたり」と題された文章に
『三番叟』を演ろうとした意図が記されており、なるほどそういうことだったのか納得させられました。 

とてもいい文章ですので引用させていただきます。

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今回、私たちは寿三番叟を披露したいという強い思いがありました。

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曳山は天明九年(1789)に西町に初めて建造され、その後、中町、東町と建造され
子供歌舞伎が上演されるようになり、となみ野に春を告げる風物詩として親しまれています。

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今年は出町に初めて曳山が建造されてから230年の節目の年になります。
また本年は、平成最後の祭礼となり、平成から令和へと新たな時代が始まります。
さらに旧砺波市と旧庄川町とが合併して十五年、出町子供歌舞伎曳山会館が開館して十年を迎えます。

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私たちは、節目の年に当番町となったことを喜び
出町そして砺波という地域や文化を先人達が継承してきたことに感謝すると共に
これから始まる新しい時代も平和で豊かであるようにと願いを込めて、華やかに舞い踊ります。

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子供たちもその思いによく応えていたと思います。

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ジーンとくるシーンがいくつもありました。

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豆役者たち、みんないい目してたなあ・・・

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宮入り後、祭典となります。

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祭典後、記念撮影・・・なのですがカメラマンがいない(笑)
ご父兄の方が「誰か写真くださーい」とおっしゃってましたので、目線バラバラのスナップでよければご連絡ください。

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ここから豆役者たちは神の依り代ですので地面に足をつけません。

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『太十』や『鎌倉三代記』などが出町の定番のようですが、今回の『義経千本桜』は51年ぶりの上演。
そしてなんと! 51年まえに佐藤忠信を演じていたのが、右から2番目の(メガネの)太夫さんとのこと。

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砺波の義太夫の伝統から曳山子供歌舞伎が生まれた、という風にもいわれるそうですが
この伝統が今も受け継がれていることが、往時には県内に9つもあったという子供歌舞伎のなかで
唯一、出町だけが存続している理由なのかもしれません。 出町の義太夫は聞きごたえがあります。
今回はかてて加えて、江戸の鳴物衆も参加していて、これがとても迫力があってすばらしかったです。
しかも、そのなかに混じって、地元の女子高生の姿も! 
手前の袴の女の子で、4年まえに『太十』にも出演していたそうです。

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29日、出町神明宮での奉芸がおわると、当番山は、まず自町以外の2町で子供歌舞伎をおこないます。

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夕方には、当番町を真ん中に「三町曳き揃え」がおこなわれます。
このとき「ブリンセス・チューリップ」さんたちも観覧しますので必見です(笑)

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三町曳き揃えが終わると、暇番の2町は曳山会館に戻り、その夜、ようやく当番山は自町で歌舞伎を執行します。
どうして、まず自町以外の2町で歌舞伎をおこなうのかは知りませんが、おそらく3町の執行がなくなったとき
当番山がそれぞれの町の祭礼のお勤めを代行するようになったのではないか、と想像します。(ただの想像です)

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Commented by となりのおやじ at 2019-05-17 20:39 x
偶然このブログにたどり着きました、パンフレットの文章作成者です。地元の方は誰も文章について何も言ってもらっていない中で評価をしていただき、本当にありがとうございます。
当初、寿式三番叟は、天皇陛下が譲位されるのでお祝いで上演しようということで決まりました。地元の人たちは歴史についてほとんど知らないので、230年の節目ということも知りません。私は当初より譲位のお祝いは2番目の理由で、最大の理由は曳山230年の節目であり、このことを先人たちへ感謝の心を表す演目だと思っていたので、「上演に当たり」として書きました。
私の思いを理解していただいた唯一の方です、本当にありがとうございました。
Commented by dendoroubik at 2019-05-17 22:53
☆となりのおやじさん

コメント頂戴いたしまして恐縮です
なにより すばらしい祭りを見せていただきありがとうございました!

正直 見るまえは「なぜ 三番叟?」という気がなくもありませんでしたが
出町神明宮での最初の奉芸を拝見していたく感銘を受けました
これはただ形式的におこなわれているのではなく
どうしても演らなければならなかったものなんだ
ということが 見る者にも伝わってきたからです
それが何なのか ということはもちろんわかりませんでしたけれど
パンフレットを読ませていただいて合点がいった次第です
演じる子どもたちにも その思いは通じているように見受けられ
そこがまた良かったです
4人とも とても いい目をしてしていましたからね
後から考えたことですが・・・ひとつの思いが伝わり
つくりあげられたものだからこそ あんな感動を生んだのだと思います
祭や演劇などには 大なり小なりそういったことが起こるのでしょうけれど
今年の貴地での出来事は特別でした
by dendoroubik | 2019-05-03 00:00 | ◇出町子供歌舞伎曳山まつり | Trackback | Comments(2)