2019年 01月 18日
竹田神社 占田祭
1月15日、滋賀県東近江市鋳物師、竹田神社でおこなわれる「占田(ウラタ)祭」です。
小正月に米や小豆などで粥を焚き
その年の天候や作物の豊凶を占う「粥占い」は全国的に行われていますが
滋賀県内でも、数年まえに見た「田中の粥占い」(こちらは14日)をはじめ
竜王町から東近江にかけての農村部にいくつか伝承されているようです。
(伝承されているものよりも、途絶してしまったものの方が圧倒的に多いようですけれど)
田中と同様、こちらも「早生(わせ)」「中生(なかて)」「晩生(おくて)」に決められた
3本の竹筒を鍋に入れ、煮あがったところで取り出して割り
それぞれの粥の詰まり具合で田植えに適した時期を占う、というものです。
まだ夜も明け初めぬ午前6時頃、本殿で神事がはじまります。
鍋が焚かれた火にかけられ・・・
竹筒が鍋のなかへ・・・
何度も蓋をとって炊き上がり具合が確認されます。
炊き上がるころには夜も明けてきました。
粥から取り出された竹筒を神主さんが小刀で順に縦に割り、実入りを確認してゆきます。
中生はあんまりよくないなあ・・・
今年は「早生」「晩生」が良く「中生」がやや実入りがよくないとの結果でした。
このあと社務所で炊き上がった粥をみなさんで食されます。
竹田神社は社伝によると、崇神天皇の御代に創祀された古社で、延暦年間に坂上田村麿が社殿を再建。
延喜式内の菅田神社に比定されますが、寛仁元年、現在地に遷座された際、竹田神社と改められます。
文亀三年の乱で兵火に罹り社殿は焼失。 蒲生賢秀が再建し、その後、蒲生家代々の篤い崇敬を受けます。
拝殿の左奥に見えるのは明治27年竣工の能舞台。
関東で成功をおさめた鋳物師村出身の近江商人が寄進したものだそうです。
この神社には、豊臣秀吉奉納といわれる神能が伝えられ、これを上演するためのもの。
神能「菅田」は、観世織部の代より中絶していましたが、観世清廉が再興。
大正時代までは、この舞台でよく能が上演されていたということです。
近年も地元有志の方々により、何度か上演されているようです。
「後方の屋根の破損により今年は公開しません」との貼紙がありました。
by dendoroubik
| 2019-01-18 00:00
| ◆近江の祭 湖東
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