城端むぎや祭 2018 エピローグ

c0196076_06483779.jpg


明治42年、皇太子(後の大正天皇)が福野の農学校へ巡幸された際
村長や校長ら当時のインテリがそれまで「輪島」というタイトルで唄われていた「麥屋節」を
御前で演じるに相応しい歌詞に書き改めたといわれています。
不適切な歌詞を書き直したり、鳥翠台北茎著『奇談北国巡杖記』のなかで
「こきりこ節」の歌詞として紹介されているものから「引用」されたりもしていて
もしかしたら「平家の落人がありし日の栄華を偲んで唄い継いできた」という
歌詞からも読み取れ、ひろく喧伝されているこの唄の背景は「フィクション」なのかもしれません。

黒紋付にたすき掛け、袴に杣刀を差して勇壮に踊る姿、静と動の対比を強調した笠の洗練された動きを眺め
何よりも哀調を帯びた旋律を聞いていると、そんな詮索に意味がないことがわかってきます。
仮に、この唄の背景として知られていることが「フィクション」だったとしても
いま伝承されている唄と踊りが日本人のある種の心性を映し出していることはまちがいありませんし
伝承されつづけることで見る者に感動を日々与えつづけている、その価値が下がるものではないと思います。




c0196076_22025984.jpg

麥屋節や五箇山民謡のこと、わかってきたかしら・・・? 

そう、それはよかったわ。

じゃあ、さいごに学んだことを忘れずに、いっしょに麥屋節を踊りましょう!

c0196076_10132034.jpg

あっ! これは2年まえのわたしだ(笑)

c0196076_10132144.jpg

唄が織るかや 乙女が織るか 唄と乙女が 綾になる

c0196076_06483782.jpg

麦や菜種は二年で刈るに 麻が刈らりょか 半土用に

c0196076_06483747.jpg

浪の屋島を遠くのがれ来て薪こるてふ 深山辺に

c0196076_06483803.jpg

烏帽子 狩衣 脱ぎうちすてて 今は越路の杣刀

c0196076_06483748.jpg

心淋しや落ち行くみちは 川の鳴瀬と鹿の声

c0196076_06483800.jpg

川の鳴瀬に布機たてて 波に織らせて岩に着しょう

c0196076_06495290.jpg

鮎は瀬につく鳥は木に止まる人は情の下に住む

c0196076_07025339.jpg

おまえ百までわしゃ九十九まで ともに白髪の 生えるまで

c0196076_06495304.jpg

唄と踊りでいつしか更けて 月を宿した笠の露

c0196076_08124872.jpg

めでためでたの若松さまよ 枝も栄えて 葉も茂る

ー終ー

トラックバックURL : https://gejideji.exblog.jp/tb/29765834
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by ei5184 at 2018-10-09 17:25
夜の善徳寺の舞台はライトもあり好い雰囲気ですね~
凡その雰囲気は解りましたので、次回があればお天気と相談の上
2泊の積りで計画します。但し次は電車です(笑)
Commented by dendoroubik at 2018-10-09 17:53
☆eiさん

善徳寺のライティングはいい雰囲気なんですが
ピンクや黄色 赤色に変わるのがちょっと厄介です(笑)

おわらとちがって 見せることを前提にした祭りなので
とてもリラックスして楽しめますね
(風の盆は けっこう緊張します ^-^;)
来年は自分も もしおわらが雨なら行こうと思います(笑)
by dendoroubik | 2018-10-09 05:00 | ◇城端むぎや祭 | Trackback | Comments(2)