伊雑宮 御田植祭 前篇

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伊勢神宮別宮14社のうち、唯一伊勢国外に鎮座する伊雑宮(志摩国)で
毎年6月24日におこなわれる伊雑宮御田植祭は千葉の香取神社、大阪の住吉大社とともに
「日本三大御田植祭」のひとつに数えられるお祭りです。(重要無形民俗文化財)
むかしむかし・・・倭姫命が伊勢神宮に納める神饌を探し求めて志摩を訪れたとき
昼夜鳴く1羽の白真名鶴が稲穂を落とし、これを供えて造られたのが伊雑宮といわれます。
この「白真名鶴伝説」が御田植式の由来とされており、唄(田楽)のなかにも登場します。




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祭典は10時くらいからはじまります。 御正殿に参拝ののち、修祓所にて神官が作長に早苗を授与。

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11時まえ、一行が御料田(神田)に参進。 

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作長がさきほど授与された早苗を左、右、中へ奉下します。

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つづいて「苗取り」がおこなわれます。

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早乙女と田道人(たちど)が手をつないで苗代を三周半。

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田道人は二十歳前後の青年、早乙女は小学校高学年から中学校の女子が務めます。

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苗代に用意された早苗をすべて藁で括って束にするわけではなく、御田植に使用する分だけを「苗取り」します。

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この神事で御田植されるのは3面あるうちの1面の、半分にも満たない面積です。

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つづいて「竹取り神事」呼ばれる奇妙な神事がおこなわれます。
中央の田を挟んで、褌一丁、下ばきだけの男衆が両畝にズラリ。

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料田の畔には「ゴンバウチワ」と呼ばれる巨大な団扇のようなものが立てられています。
これは神の依代で、取り付けられている忌竹を奪い合うことが「竹取り」の名の由来。
「ゴンバ」の意味については諸説があり、軍配が語源だとする説が有力なのだそうです。
「太一」の文字は最高神を意味し、天照大神を指しているとされています。

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水が張られた料田に上半身裸になった男衆が入ります。

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互いに泥を盛大にかけあったり、ドロレスをしたり泥の中にダイビングをしたりと大暴れ。

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これには田植え前の田を起こす意味があるとされています。

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この祭りの文献上の初出は南北朝時代の建武2年(1335)ですが
おそらく平安時代の末から鎌倉時代にはおこなわれていたといわれています。
(現在のようなかたちになったのは江戸時代初期)
明治4年に料田が国有化され、翌年より廃止されてしまいますが
地元住民の希望により10年後には再開され、今日に至っています。

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この祭りがユニークなのは、農産物の豊作を祈念するだけでなく
漁業者が航海の安全や豊漁を祈願する神事として行われてきたことです。
この竹取り神事、現在はさまざまな職業の方々が参加しておられますが
はむかしは鳥羽志摩一円の漁業関係者の方々により担われていたようで
明治のはじめに廃止されたとき、再開を熱望されたのはそういった方々かもしれませんね。
あまりにも楽し気な男衆の暴れぶりを見ていて、ふとそんな妄想が浮かびました。

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頃合いを見計らって、ゴンバウチワを結わえるていた縄が切られ、大きく傾きます。
倒れそうになってはもとに戻り・・・これが3度繰り返されます。
どうやらこれは団扇で3度、男衆を扇ぐ見立てになっているようです。
そのあと、ゴンバウチワは料田の中に倒されます。

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泥まみれの男たちはゴンバウチワに殺到します。
ゴンバウチワに「太一」とともに描かれている帆かけ船。その帆柱の先の赤い宝珠は
「青の峰のキンノタマ」と呼ばれ航海の安全と豊漁をもたらすものとされています。
この部分をめぐっての争奪戦がしばし繰りひろげられます。

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それが一段落すると男衆は忌竹を抱えて料田を反時計まわりに3周。

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このあと男衆は忌竹を担いで近くの野川まで行き、川の水で身体と忌竹の泥を洗い流します。

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忌竹はその場で切り分けられ、縁起物として参加者、参拝者へ分け与えられます。
農家では、各家の神棚へ、漁業者は船の船霊へお供えするのだそうです。

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Commented by hanashigai at 2018-06-29 12:58
「田植」の言葉からは想像できない豪快さがあるんですね!
そして早乙女を務めるのは、まだ少女であるのが興味深いと思いました。きっと昔は嫁入りした年齢なんですよね。
Commented by dendoroubik at 2018-06-29 13:32
☆ hanashigaiさん

このあとはイメージ通りの田植シーンがつづくんですけれど
竹取神事だけは他にあまり類のない豪快さがありますね
海の男たちが参加していたからなのでしょうか・・・

田植えする女性だけを特別に「早乙女」と呼ぶのも不思議ですね
「早(さ)」は稲の神を意味するといわれますが
男性は たんに「田作男」とそっけない呼び方(笑)
Commented by u-Brigand at 2018-06-29 14:11
こんにちは!
男連中の泥んこ、凄いですね。
若者のパワーを感じます。
Commented by dendoroubik at 2018-06-29 18:43
☆いちやどさん

たしかに若者のパワーを感じました!
しかも 見ているだけで「もういい~~」ってくらい
けっこう長い時間暴れまわるんですよ笑)
昔 いったん中断したときにこの祭りの再開を望んだのは
こういった若者たちじゃないか・・・と想像してしまいました
by dendoroubik | 2018-06-29 05:13 | ◆伊勢の祭 | Trackback | Comments(4)