多由比神社 王の舞 後編

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つづいて「王(お)の舞」です。




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神輿のまえを周回しながら鉾を天に突き上げる動作を繰り返します。

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「王の舞」に限らず、こちらで奉納される神事芸能は
およそ「ドラマチック」と表現されるような芸能とはほど遠い簡素なものです。
若狭地方の、ほかで見せていただいた王の舞とくらべても、特にあっさりしているように思えました。
「王の舞」というのは、むしろドラマチックな舞だと思い込んでいたほどです。

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それが「中世の色彩を色濃く残す」といわれるゆえんでしょうか。

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つづく「獅子舞」も、天に向かって獅子頭をタンタンと鳴らして回るのみです。

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つづいて「田楽」

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たとえば、18世紀くらいの西欧音楽なら、その良さがなんとなくは解りはしても
中世の音楽となると、いったいどこが良いのかさっぱり解らない、ということがありますね。
こちらの神事芸能を見ていると、その越えられない理解しがたさと同じような感性の壁を感じてしまいます。
ただ、意味を過剰に読み込むということがない分、次第に神秘的な気分が高まってくるのも確かです。

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その神秘的な気分の高まりは、つぎの「エッサカエット」で極限に達します。

中世の芸能「細男(せいのお)」が変形したものといわれ、全国的にも珍しいものだそうですが
いったいこの3人が何をやっているのか、説明がなければさっぱりわからないでしょう。

いや、説明を聞いても「理解」なんてできません。

なんと「告げ役」と呼ばれる烏帽子に白布で顔を覆った白装束の男性は
神の言葉を小声で、ヒソヒソとささやいているというのです。
同じ格好の「聞き役」が、それを立て膝をつく姿勢で扇子を耳に当てて聞き入っている・・・

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この言葉は「聞き役」にしか聞かれません。

中世の理解しがたさ、と先に書きましたが、これは理解できるという以前に
やっている行為じたいがあからさまに「理解」を拒んでいるわけですね。
「お前たちには理解できないぞ」ということを衆人環視の下でやるなんてまるで不条理劇です。
理解や共感を前提にした芸能の方が、たんに新しいというべきなのでしょうか。

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最後は「浦安の舞」の奉納です。

近代につくられたこの神楽は、このお祭りの長い歴史のなかで、ごく最近、つけ加えられたものなのでしょうけれど
ふだんは「ドラマチック」と感じることのまずいない舞が、中世的な色彩を色濃く残す芸能を見たあとでは
とても「ドラマチック」に感じられたりするから不思議です。

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神事芸能の奉納がおわると、再び列を整えて神社に戻ります。

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バックは三方湖です。

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神社へ戻ると、本殿石段に設えられた舞台で、ふたたび「浦安の舞」が奉納されます。

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「浦安の舞」がおわる頃、神輿が還御。

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出入りを3度繰り返して、例祭は終了します。

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by dendoroubik | 2018-05-01 05:15 | ◇王の舞 | Trackback | Comments(0)