2015年 08月 04日
石取祭 前篇
三重県桑名市、春日神社の石取祭は、
「日本一やかましい祭り」
といわれます。(国指定重要無形民俗文化財)
祭車に取りつけられた鉦と太鼓を交代で激しく打ち鳴らしながら、
東海道最大の宿場町を蜿蜒巡行する その数なんと・・・43台!
桑名っ子にとっては、子守唄代わりという、笛のメロディなどのない
提灯と燈火で夜空を焦がしながら、祭車が巡行する姿は、そんな喧噪とは裏腹に
しんみりとした美しさを湛え、これもまたやはり瞼の奥から離れません・・・
東海道唯一の海路、宮宿から伊勢湾を渡って、ここは七里の渡。
名高い木曽三川の河口付近、揖斐川の右岸。
藩政時代の石積みに囲われた舟溜りが、往時の町の面影を偲ばせます・・・
翌年、そのときの旅情を織り込んだ『歌行燈』という、彼の代表作のひとつといえる短編小説を発表します。
石高路をがたがたしながら、板塀の小路、土塀の小路、
径路(ちかみち)を縫うと見えて、寂しい処幾曲り。
やがて二階屋が建続き、町幅が糸のよう、月の光を廂で覆て、両側の暗い軒に、
掛行燈が疎に白く、枯柳に星が乱れて、壁の蒼いのが処々。
駅から船津屋までの道を、そんな風に描写しています。
たった一泊だけの滞在でしたが、桑名の道がよっぽど印象に残ったのか、
しきりに入り組んだその狭さを強調しています。
輻(やばね)の下に流るる道は、細き水銀の川のごとく、柱の黒い家の状、
あたかも獺が祭礼をして、白張の地口行燈を掛連ねた、鉄橋を渡るようであった。
石取祭の祭車は、その装飾が時代とともに華美になっていったにもかかわらず
巨大化しなかったのは、桑名の町の道の、この入り組んだ狭さのためともいわれるそうです。
車輪が三輪なのも同じ理由でしょう。
上部に山形十二張の提灯や人形などを高々と掲げることで、
祭車は小ささを感じさせないものになっています。
明治時代の末に架線されるようになってからは、蝶番で真柱を折りたたんで巡行できるように・・・
目線の高さにあるからでしょうか、胴部に施された豪華絢爛な彫刻が、とりわけ目を惹きます。
聞くところによれば、高村光雲など、高名な彫刻家の作品なんかもあるようです。
天幕は当初、後部に取りつけられた2、3寸の陣太鼓と径一尺3寸位の鉦を、
雨から守ったり、昼間の巡行の際に日除け、として使われていたそうですが、
ハネあげ式になってからは、見送り幕として、これも豪華になってゆきます。
夜の巡行で燈火に照らされると、これがたいへん美しい。
この祭りは、毎年8月第一日曜日の前日(試楽)の午前0時から、日曜日(本楽)深夜まで行われます。
試楽の夕方から午後9時までの様子です。
桑名宗社は、桑名神社(三崎大明神)と中臣神社(春日大明神)の両社から成る桑名の総鎮守社。
この祭りの起源は、桑名市郊外を流れる町屋川から
という、江戸時代のはじめに遡るといわれます。
拾い集めた石を運ぶ台車が、やがて美麗な祭車へと変貌を遂げ
それぞれの町が祭車を持ち、いくつかの町が組になって、町内を巡行します。
猛暑日の炎天下ではありましたが、やはりこの風情がとてもいいです・・・
文字通り、老若男女が太鼓を叩きます。
子供たちや、女性も、とても男前な叩き方をするのにシビれます。
あまりにも喧しいので、上下の連絡はこの通り(笑)
こちらの組は、北桑名神社にお囃子を奉納してゆきます。
正直、揃いの浴衣を着た、このうら若き美女たちが、これほどまでにパワフルな太鼓を打つとは・・・
予想だにしませんでした・・・
とても「粋」な感じがしました。
けっこう明るい時間帯から、蝋燭の灯りが点されていました。
このあたりも、グッとくるシーンの連続でした。
ようやく暮れてきました・・・祭り本番です。
『歌行燈』に登場する「湊屋」のモデル「船津屋」まえ。
かわをそに 火をぬすまれて あけやすき
記事復活ありがとうございます\(^o^)/(大変でしたよね・汗)
そして、石取文化圏以外の地域から桑名の石取を見にきて下さって、
しかも楽しんでくださって本当にありがとうございます!(*≧∀≦*)
実は私はいつも仕事を終えてからの参戦なので、
この昼間の浴衣で叩いてる姿は見たことがないんです(T_T)
こうしてdendoroubikさんのお写真で見せて貰いながら、石取囃子を脳内再生して(笑)、
夜とはまた雰囲気の違う感じを楽しませて頂きました♪( 〃▽〃)
それにしても、さすがのお写真ですね!
良い所を撮られていて感動しました♪
みんな良い顔してるし♪
初めて石取を体験された方はだいたい「耳が痛い」か「頭が痛い」とKOされて帰られるんですが(笑)、
『しびれました』の一言が本当に嬉しかったです♪\(^o^)/
続きも楽しみにしております!
私も叩き出しからアップせねば~(汗)
せっかく見ていただいたのに
どんくさいことで申し訳ありませんでした
・・・たしかに耳も頭も痛かったです(笑)
でも それを上回る祭りの美しさ すばらしさ!
「石取文化圏」・・・というのはよくわかります
どこかふつうの曳山まつりとはちがうなあ・・・
とは感じていたんですけれど それが何なのか
なかなか言葉にならなかったんです
そうか これは今まで見た祭りと
まったくちがう文化圏に属するものなのだ
・・・そう考えると すんなり祭り風情を楽しむことができました
石取祭3度目の 僕の祭り師匠にご案内いただきました
そうでなければ 広い町で ただ右往左往していたことでしょう
おかげで いいシーンを堪能させていただけました
北桑名神社での試楽は とてもよかったです
いままでのすぺいん人さんのレポもすべて拝見してますけれど
じっさいに見たあとでは なおさら興味が増します
今年の3連投 首を長くして待ってます!!
桑名石取祭の風神雷神と申します。
すぺいん人さんのblogよりお邪魔させていただきました!
遠いところからあの暑~い中に、やかましい町へようこそお越しくださいました\(^^)/
石取祭をこんなにおほめいただいてありがとうございます。
酔っぱらいあり、喧嘩あり、春歌ありの祭りの中にも厳かな部分がある桑名石取祭です。
提燈の火を移している写真がありましたが、その日は桑名宗社からの御神火(桑名では齋火=いみび)をいただいて、
それを順次各町へと持ち帰って馬上提燈、石取祭車に点灯していくのです。
消えたからといって、マッチやライターで点けていないのも桑名の人のこだわりでしょうか(笑)?
齋火が来るまで、バッテリーの照明もつけてはいけません。
軒先の提燈も本来はその火で灯すものなのですが、うちの母がフライングして電球を点けていたのは内緒の話(^^;
またうちのblogにも遊びに来てくださいませ。
長文失礼しました。
はじめまして!
コメントいただきましてありがとうございます
石取祭のことは もちろん以前から
存じあげており「行きたい祭りリスト」の
いつも上位にありながら なかなか都合がつかず
今回 やっと拝見することができました
はじめて行く祭りの前には
どんな祭りなのか あれこれ想像を巡らすのですけれど
石取祭は そんな想像を(いい意味で)裏切るものでした
すぺいん人さん風にいえば「文化が異なる」といいますか
いままで見た祭りとは風情が全く異なるものでした
「酔っ払いあり 喧嘩あり
春歌ありの祭りのなかにも厳かな部分」
・・・とおっしゃるのは とてもよくわかります
無軌道に見えながら 様式美に貫かれていて
やはりそこがいちばんシビれるところですね
あれだけの多くの町がひとつの美を奏でてゆくわけですから
一本芯が通っているのは当然のことかもしれません
高速を使うと1時間半ほどで行けますので
来年はもっといろんなシーンを見たいと思います
としても沢山の山車が出るお祭りなのですが、なかなか知名度が低く、好き嫌いがハッキリ出るのが石取祭のようです。
尾張の山車文化に近いにも関わらず、石取祭という独自の文化を築き上げた桑名。
山車や曳山…というイメージで見に来られると度肝を抜かれるかもしれませんね(笑)
お写真で写っている女性の方々、みんないい表情ですね♪
たしかに関西でもこのお祭りの知名度は
不当に低いように思えます
ニュースでも取りあげられることはありませんし
祭り好き以外で知る人は まずいないでしょう
好き嫌いをいえば おっしゃる通り
独自に発展した文化の入口がわからずに
拒否反応を起こす人もいるかもしれません
(それは石取祭に限らず また祭りに限らず
どんなモノゴトにもありえることかもしれません)
でも先入観を捨て あのスケール感 装飾の美しさ
祭りを執り行う方々の心意気に触れれば 誰もが
シビれてしまうほどの祭りであることはまちがいありません
このブログで はじめてこの祭りをご覧になった方も
「来年は行きたい!」・・・とおっしゃっておられました
まぁ、それがいいと言えばいいのですがf(^_^;
お隣県の政令指定都市の『みゃーみゃー』言う有名な市長さんも石取祭を知らなかったんですから(。´Д⊂)
毎年8月第1日曜日と前日は桑名へ皆さんいらしてください\(^^)/
気に入った祭りは何度も足を運ぶタチですので
来年も きっとまたお伺いさせていただきます!
(風神雷神さんのお顔も覚えましたので ^-^)
しかし・・・関西人ならともかく
名古屋の名の有る方がこの祭りを知らないというのは
ちょっと問題がありますね(笑)