北前船主の館 右近家

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敦賀の先で国道8号線と分かれ、
越前海岸沿いに走る「越前・河野しおかぜライン」

たしか、以前は有料道路でした・・・。

終点の河野の交差点で、
北陸自動車道、南条インターから伸びる
国道305号線に取って変わられ、
三国、東尋坊まで越前海岸沿いの道はつづきます。

まもなく右手に、
由緒ありげな豪華な家屋が見えてきます。

北前船主として勇名を馳せた、右近家住宅。

山々が海に迫り、僅かな平地に、
家々が帯状に密集している・・・というのは、
越前海岸でお馴染みの光景ですが、
それらとはあきらかに異なり、
河野の集落は、右近家を中心にして、
まるで「小さな王国」のような佇まいを残しています。



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古来、海と係りながら暮らしていた河野浦。
敦賀湾の鳥羽口の小さな入り江に開けた村、
という地理的条件から、江戸時代には、
その廻船の多くは「荷所船」として活躍。

「荷所船」というのは、松前蝦夷地に進出した近江商人が、
海産物を主に敦賀、小浜へ輸送するために、共同で雇った廻船。

江戸時代も半ばを過ぎ、日本海海運が飛躍的発展すると、
松前蝦夷地における近江商人の地位も低下。
彼らの「荷所船」として、運賃を糧にしていた人々のなかに、
徐々に買積み商いをおこなう者が出るようになります。

「運送業」から「商社」への転身
・・・といったところでしょうか。

近江商人の「荷所船」として活躍していた
右近権左衛門家もそのなかのひとりで、
9代目の時代には、廻船数11隻、
12,000両越という莫大な利益をあげる、
日本海沿岸有数の北前船主に。

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邸宅は、天保時代の構えを基本に、
明治34年に建て替えられたもの。

手前(海側)に4棟の外蔵、その間に、塗籠の長屋門。
山側に本宅と3棟の内蔵、山との間は日本庭園があります。
山の中腹には、昭和10年竣工の洋館。
その裏手には蘇鉄が植えられています。
洋館の横には竹藪・・・

まるで立体庭園のような見事な景観です。

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邸宅は12代のときに村に管理を委ねられ、、
「北前船主の館 右近家」として、
建物の公開と北前船の資料の展示をおこなっています。

明治12年に新造された1,360石積の
「八幡丸」の1/20の模型・・・。

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港が近づくと、船後部に立てられた「船のぼり」。
「茶の実」は右近家の家紋です。

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板子一枚下は地獄

・・・と言われた死と隣り合わせの廻船業。
航海の安全を祈り、奉納された船絵馬。

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10代目権左衛門が生きた明治時代は、
北前船が空前の活況を呈した時代であると同時に、
大資本による蒸気船にその座を奪われ、
やがて終焉を迎える時代でもありました。

廻船業に先のないこと見取った10代目は、
廻船を西洋型帆船、さらに蒸気船に切り替え、
大量の商品を運んで運賃を稼ぐ経営にシフトします。

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この10代目の商才溢れる多角経営は、
枚挙に暇がありませんが、
なかでも、有名なのは海上保険業への進出。

北前船主らの合同出資による「日本海上保険」の設立に
大きな役割を果たしたといわれます。

のちに「日本火災保険」と対等合併して
「日本火災海上保険株式会社」に。

昨年、合併した「損害保険ジャパン日本興亜」の前身のひとつです。

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本宅の裏手は、斜面を利用した庭園。

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丘の中腹の西洋館へは、
本宅東側から石段を登ってゆきます。

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南越前町の観光サイトには・・・

設計者は、明治末期から昭和初期にかけて日本各地で洋風建築を手がけた、
アメリカ人のウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏ともいわれている。


・・・とあります。

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赤いスペイン瓦、コテ跡の残るクリーム色のスコッタ。
シャレー風のベランダや和洋折衷の造り、
タイルを多用した内装や、温かみのある階段の手すりなど、
そう言われても頷けるようなすばらしい建物ですが、
実際は設計から施工まで、大林組が請け負っています。

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右近家は、竣工の2年まえにも、
神戸にスパニッシュ様式の建物を大林組に発注
・・・と案内板にありました。

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階段の明かり取りのステンドグラスが泣かせます。

この建物ができた頃には、右近家は、
もうこのような帆船は所有していなかったと思うのですが、
右近家の店印「一膳箸」が、帆のうえで
誇らしげにはためいています・・・。

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西洋館の裏手の菰巻された蘇鉄・・・。

ここからの日本海の眺めも、すばらしい・・・。

さらに坂をのぼると、山荘があり、
その先が四阿・・・展望台になっています。

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現在の海岸線は、国道305号の拡張や
漁港の建設などで、浜はなくなっていますが、
昔は岩礁を巧みに利用した広場や
ボートハウス、養魚場が建設され、
本宅を中心に、これらが一体をなすようだったといいます。

それでも、その片鱗を感じることはできます。

今でも、この集落全体が、
ひとつの美しい景観をなしているのを感じることができます・・・。
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by dendoroubik | 2015-01-30 13:30 | 福井 | Trackback | Comments(0)