苗村神社三十三年式年大祭 その3

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2日目は、本殿にて神幸の儀のあと、
1000人余りの一行が御旅所まで御神幸を行います。

前日は九村の子供たちだけが奉納芸を行いましたが、
この日は余郷からケンケト祭りの子供たちも参加し、
いっそう華やかさが増します。



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橋本の宮御榊先導、祓主、巫女、三十余氏神御榊、
神輿三社、宮司馬、山之上のケンケト祭りの長刀振り子、
九村山車、踊り子の順に出発します。

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台風接近で、天候が心配されましたが、
2日目もなんとか持ちこたえてくれました
・・・というか、曇り予報だったのですが、
薄い雲間から太陽の覗く時間が多く、ほぼ晴れ。

3日目は仕事で行けなかったのですが、
台風が近畿に最接近したこの日、なんと竜王は晴れていたそうです。

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三十余郷の氏神御榊の行列も壮観です。

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33年ぶりの祭りに、台風も遠慮したのでしょうか・・・。

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しかし・・・思えば、不思議なのは天候ばかりではありません。

人生50年・・・といわれていた時代に、
毎年行われていた祭りを、33ケ村に因んで33年に1回にする
・・・という決定がなされたのは、いかにも唐突なような気がします。
それが今日まで律儀に繰り返されてきたことは、さらに不思議です。

何度か、中止されたことがありそうなものですが、
今年が13回目ということですから、
逆算すると一度も途切れたことがないことになりますね。

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前回は1982年の開催で、前々回は1950年、
昭和にはこの2回、行われたことになりますが、
これが戦前や戦中だったら、どうなっていたかわかりません。

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大正時代には1回、これはおそらく第一次世界大戦直後、
明治時代も1回で、日清戦争の直後になると思います。

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その前は、幕末・・・黒船が来航した頃でしょう。
33というのは、戦争や動乱をうまくすり抜ける
絶妙な数字だったのかもしれません・・・。

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実際に、正確に33年ごとに行われてきたのかは知りませんが、
ともかく、33年後なんていう未来にバトンを渡す壮大さと、
それを受け取る心意気には感動しないわけにはいきません。

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・・・と、そんなことを考えながら、
田園を渡る御渡行列を眺めていると、
ふと数百年まえにタイムスリップしたような錯覚に・・・。

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日野川を渡ってゆきます。

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山之上のケンケト祭は、毎年5月に行われます。

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去年はじめて見たのですが、とてつもなく面白い祭りでした。

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幼い子供たちは、ベビーカーで御渡り。

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御旅所(町農村運動公園)に到着すると、昼食休憩です。

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11時、御旅所始め祭、11時半から御旅所祭。

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次回はこの子たちが祭りの中核を担っているのでしょう・・・。

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午後から、御旅所で古式催し(奉納芸)がはじまります・・・。

(「その4」につづく・・・)
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by dendoroubik | 2014-10-23 02:04 | ◆近江の祭 湖南 | Trackback | Comments(0)