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米原 鍋冠まつり1

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 昔、男、女のまだ世経ずとおぼえたるが、
 人の御もとにしのびてもの聞こえて、のちほど経て、

 近江なる筑摩の祭とくせなむつれなき人のなべのかず見む 
 

 てっきり初心な娘だと思ってたら、
 さる高貴な方のもとに忍んで情を交わすような
 世慣れた女だったなんて・・・!

しばらくして男が女にこんな歌を詠んで送った。

 近江筑摩神社の『鍋冠まつり』 
 を早くやってほしいものです。 
 私をソデにしたあなたが、 
 鍋を何個かぶるのか、見てみたいのです・・・

『伊勢物語』第百二十段「筑摩の祭」の全文です。 

振られた男の、まるで「すっぱいブドウ」のキツネ
みたいな捨て台詞が可笑しいですが、
なぜ「鍋の数が見たい」と言い放ったのかは注釈が必要ですね。



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「鍋冠(なべかむり)まつり」は
毎年5月3日におこなわれる、筑摩神社(米原市)の春の例祭。 

「奇祭」と呼ばれる祭りの多い滋賀でも、
とくに「奇祭」として名高い祭りです。 

「奇祭」 たるゆえんは、数え年8つの女の子8人
(・・・といっても、最近は少子化で
その条件に当てはまる8人が集まらず、
5歳から10歳くらいの女の子が参加するそうです) 
が緑の狩衣、緋袴姿にに張子の鍋や釜をかぶって、
200名以上の行列と共に渡御するところにあります。
 
なにゆえに、幼い女の子が
鍋や釜をかぶって行列するのか?

その由来は諸説あるそうですが、
筑摩神社にある案内板には・・・

「当社の祭神が食物の神であったことや、
当地の御厨(みくりや)から神前に作物、
魚介類などを供えるとともに、
特産であった鍋を贖物(罪のあがないとして出す物)としたことが、
鍋冠まつりの原初の姿ではないかと考えられています」


・・・とあります。 

なぜ、女性が鍋をかぶるのか
・・・ということはこれではわかりませんが 
「鍋」が神への重要な供物であった
ということは、なんとなく理解できますね。

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また、こんなことも書かれています。 

「『筑摩大神之記(永禄四年)』には、
「鍋冠は十五歳未満の少女をもってこれを役とす 
若しその中に不貞の輩在るときは、
必ずその鍋落ちて発覚す」


15歳未満の少女が鍋をかぶって行列。 
そのなかに「不貞の輩」がいれば、
必ず鍋が落ちてバレてしまう・・・? 

なんとも恐ろしい話ですが、
このように婦女の貞操を重んじるのは、
古代より湖上交通の要衝として栄えた朝妻湊が、
それ故に風紀が乱れがちだったのを戒めるためだった
・・・ともいわれます。 

秀吉が京の大仏殿建立の際、
尾張や美濃から木材を運搬したり、
木曽義仲軍の後続部隊が出陣の際に
経由したのも、この朝妻湊です。

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筑摩神社の案内板には書かれていませんが、
昔この祭りでは、氏子の女性が 
「褥を重ねた男性の数」だけ鍋をかぶって
行列していたともいわれます。 

『伊勢物語』の「つれなき人のなべのかず見む」
・・・という歌もそれでやっと理解できますね。 

京から100ケロほど離れた米原の朝妻の祭りで
女性が鍋を何個もかぶる奇習があることは、
平安初期の文化人にとっては、
特に注釈の必要もないほどよく知られていたということでしょうか。

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江戸時代に入ると、
彦根藩は米原湊を御用港として保護したため、
朝妻湊の繁栄にやや翳りがさします。
 
そんななか、ある女性の自殺をきっかけに
彦根藩はこの祭りを禁止してしまいます。 

「褥を重ねた男性の数」だけかぶる鍋を
過少申告して行列に参加した女性の鍋が、
神罰覿面、割れ落ちたというのです。 

女性は村人たちの笑い者となり、
恥ずかしさのあまり池に飛び込んで亡くなってしまいます。 
なぜ
「過少申告」 だとわかったのか・・・
偶然に割れ落ちたのを、
彼女がウソをついていたのだと
脚色されたにすぎないのかはわかりませんが、
これを聞いた藩主は激怒。 

 「見せしめの祭りは神意にあらず」 

と祭りの中止を命じます。

村人たちは、おそらく古代より連綿とつづく
この祭りを途絶させるに忍びず、彦根藩に願い出て、
数え年8つの8人の童女のみに、
この役を務めさせることで許しを得ます。 

このかたちが、現在も「鍋冠まつり」 
に引き継がれているわけですね。

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御旅所からびわ湖岸を渡御し、
筑摩神社に到着した現代の鍋冠少女たち 
(地元の方々は「お鍋さん」 と呼んでいました)は、
本殿への参拝を済ませたあと、
鍋、釜と緑の狩衣を脱がせてもらいます。

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除湿のためでしょうか、新聞紙をあいだにはさんで、張子の鍋や釜は桐の箱に仕舞われていきます・・・

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あ~ さっぱり~^‐^v
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Commented by nochi423 at 2012-05-11 20:21
なるほど奇祭ですね~。。
この女子たちはお祭りの意味を理解して参加されているのでしょうか?

顎で紐を結んでいる写真が好きです!
切り取り方が素敵~!!!
皆可愛いですね^^♪
Commented by dendoroubik at 2012-05-11 21:41
☆ノチさん

たぶん・・・女の子たちに限らず 祭りの意味なんて誰にもわからないものじゃないでしょうか^-^

この他にも滋賀の「奇祭」にはこんなのがあります・・・

①「中山の芋くらべ祭り」・・・東西の集落がその朝収穫したヤマイモの長さを「うちが長い」「いや うちの方が長い」・・・と延々と古語でくらべつづけます
②「ロウキリ祭」・・・巫女姿の老女が檻のようなもの入れられますが 彼女にいっさい絡むことなく神事がさっさと終わってしまう究極の放置プレイ
③「野神神社のきちがい祭」・・・何の前触れもなく行列の裃男性がお膳を投げつけたり 夜中に「火事じゃ 火事じゃ」と叫んだり・・・

意味・・・わかりませんね^-^;
Commented by nochi423 at 2012-05-11 22:59
1は何かで見たことがありますよ。
2の放置プレイにウケました~!構ってあげて~
3はただの酔っぱらいの集まりなんじゃないかと思ったりしたんですが、
一番参加したいのは3ですね。
予期せぬ驚きに魅力を感じまする!
Commented by dendoroubik at 2012-05-12 01:02
☆ノチさん

新田義貞の内室・匂当内侍が 北陸での夫の死を知りびわ湖に入水したと伝えられる浜があり 彼女を憐れんではじめられた祭りといわれます
最近は「きちがい」という言葉がいけないのか たんに「野神神社秋季例祭」と呼ばれています

椎名誠の本にも登場する知る人ぞ知る(?)祭りなのですが2と共に見物人がまずいない祭りでもあります^_^;
Commented by yyama0525 at 2012-05-12 07:41
色もいいし・・、祭りの雰囲気のなかの子どもの表情を狙いましたね

とってもきれいな表情です
Commented by dendoroubik at 2012-05-13 15:40
☆Capt.yamaさん

当日はあいにくの曇り空でしたが 明暗差がでなくて表情はよく見えました
「大人顔負けの演技」
なんていいますが 子供の表情に敵う大人こそ あまりいないように感じます
かわいい…というだけでなく 子供の顔ってスゴいなあ…と感心しました(^O^)
by dendoroubik | 2012-05-11 18:00 | ◆近江の祭 湖北 | Trackback | Comments(6)