2011年 11月 06日
彦根 天寧寺
ある日、厚化粧でも老残を隠せない夜鷹のお春は
漁色に耽る若者たちを諌めるために、見世物にされてしまいます。
「お前たちはこんな化け猫が買いたいのか!」
いくばくかの金銭をもらったお春は、
読経に誘われるように羅漢堂へ迷い込みます。
お堂の壁一面を覆うように安置された羅漢像に圧倒されたのか
あるいは己が境涯を悲嘆してか
彼女は柱に背を凭せかけたまま へなへなと床に坐り込んでしまいます。
無数の表情の羅漢像のなかの、年若いひとつの顔・・・
それはやがて、一人の人間の青年の顔にオーバーラップしていきます。
お春は頬を赤らめてはにかみます。
その青年は、およそ40年まえ
御所に出仕していたころ彼女に懸想していた公卿の若党、勝之介。
お春も、情に絆されて、勝之介に心を許しますが 身分違いの恋・・・
寺町の中宿で逢引きしているところを役人に踏み込まれご用。
お春は両親ともども洛外追放、勝之介は斬首されてしまいます。
お春さま、よいお人を見つけて幸せな所帯をお持ちくだされ。
溝口健二の代表作・・・というにとどまらず、日本映画・・・
映画のなかでは、奈良の町外れの荒寺、という設定ですが
田中絹代演じるお春(ちなみに勝之介は三船敏郎)が迷い込むのは、
名神高速道路・彦根インター近く、この天寧寺羅漢堂です。
溝口健二は、しばしば滋賀でロケをおこなっています。
思いつくだけでも『雨月物語』『新・平家物語』『お遊さま』『近松物語』など。
西鶴の『好色一代女』を原案とするこの映画の脚本は依田義賢ですが
全体の構想は溝口自身によるものだそうです。
お春が過去の男性遍歴を回想する契機となる五百羅漢の件りは
やはり滋賀をよく知る溝口自身が、この寺の悲しい起源・・・
五百羅漢が発願された由来を知っていて、ストーリーと重ね合わせながら
ロケ地に選んだのだろうと僕は思います。
それは、こんな話です・・・
文政のはじめ・・・
井伊家中興の名君ともいわれた11代藩主・井伊直中のもと
彦根藩で騒ぎがおこります。
槻御殿の腰元「若竹」が懐妊していることが発覚したのです。
男子禁制のこの場所・・・いったい相手は誰か。
激しい拷問が加えられ 問いただされても
彼女は一切 お腹の子の父の名を明かそうとしません。
さては不義の子
・・・と直中は彼女を成敗してしまいます。
しかし、彼女の死後、身ごもっていた子の父親が
直清は長子とはいえ側室の子どもだったので
正室の子・直亮が生まれると廃嫡されてしまいますが
直中自身、常々彼には目をかけていたのでした。
自分の初孫とその母を殺してしまった後悔の念から
直中はふたりの菩提をともらうために
彦根城が見える里根山のこの地に天寧寺を建立。
聖徳太子お手植えの霊木といわる 「ハナの木」で観世音菩薩をつくらせ
さらに京の仏師駒井朝運に500体の羅漢像を彫らせ羅漢堂に安置したというのです・・・
お春さま、真実に生きなされ!
三船敏郎演じる勝之介の遺言通り、お春は真実に生きようとしますが
その都度、男たちの身勝手な都合に翻弄され・・・
松平家の側室・・・島原の太夫・・・商家の女中・・・
ついには夜鷹にまで身を持ち崩してしまいます。
羅漢堂の中央にお釈迦様とその脇に十大弟子がおられます。
その左右(北)と東西のひな壇に羅漢像が500体
羅漢は、お釈迦様の下で修行したお坊さん
(最高位をあらわす「阿羅漢」の略)ですので
菩薩や如来とちがい、いかにも近所にいそうな親しみやすさをおぼえます。
一日の作業のすべてが修行・・・という教えから
表情だけてなく、動作や持ち物もさまざま。
駒井朝運とその弟子が約10年かかってつくったといわれます。
五百羅漢の堂にこもれ
お春が勝之介の顔を見出したように
五百羅漢をつくることを命じた直中自身、
若竹や、会うことのできなかった孫の顔を
そのなかに見出そうと願ったのかもしれません・・・
(三船敏郎とオーバーラップするのは、どの羅漢さんだったかな・・・
今度 DVDで確かめてみよう^-^)
あまりにも悲惨なお春の生涯に
救いはないものなのか・・・
と誰もが苛立つラスト近く、母親が彼女を訪ねてきて
松平の側室だったころに生んだ子供が大名になり
ああ、ようやく彼女は救われる・・・
喜んで駆けつけたお春は
大名の生母が夜鷹にまで身を落とすとは何事か!
・・・と厳しい叱責を浴びせられ、
蟄居を命ぜられらだけのことでした。
お腹を痛めて生み、いまは立派な大名になった
わが息子の姿を遠目に眺めながら声さえかけられず・・・
お春は行方をくらましてしまいます。
救いも恩寵もありません。
ただ、物乞いをしながら尼となって
巡礼しているお春の姿をロングで捉えラストシーン・・・
可憐な13歳の少女から
「化け猫」と蔑まれる老婆までをひとりで演じ切ってしまった
田中絹代さんの気迫に胸を打たれるばかりです・・・
井伊直弼の供養塔。
桜田門外の変の直後に
井伊直弼の血に染まった土,遺品などがが納められているそうです。
その南側には、直弼の参謀・長野主膳の墓や
密偵だったとされる村山たか女の碑があります。
そういえば、諸田玲子さんの小説『姦婦にあらず』では、
この天寧寺が直弼とたか女との密会の場になっていました・・・
彦根城が見えます・・・
人間の悩みを人間が解決しようとする様も垣間見ました
解説(描写というか・・)も素晴らしいと思います
dendoroubikさんの本領を少しだけ発揮されましたね
写真の素晴らしさは言うまでも無く、まるで目の当たりにしている様な空気感を感じます。
また、一編の映画を見たような・・・・
人の人生にはドラマがあるんだなぁとしみじみと感じてしまいました。
『人生は、私たち一人一人が、それぞれの目を通して見ている映画です。
そこに何が起こっているのか、ということは大した違いはありません。
それをどのように受け取るかが重要なのです』
byデニス・ウェイトリー
思い出してしまいました・・・・ 凸
江戸後期の作なので 国の文化財指定等は受けていませんが
お堂に入ると 誰もが息を呑む迫力です
(実際 僕のあとから入ったグループの女性は 「うわあ!」 と声をあげておられました)
また お顔は 呉羽山の長慶寺の羅漢さんとは またちがった味わいがありますね
直中は このなかに 見ることのなかった初孫の顔を見つけることができたのかな
・・・と ふと思いました
映画は もう20年近く見直していないので
思いちがいがあるかもしれませんが^-^; お褒めいただきまして恐縮です
ありがとうございます
「不義の疑いだけで腰元を殺すなんて なんて暴君!」
と この話をはじめて聞いたときはフンガイしたものですが
よく考えると 直中自身も 放埓に生きていたわけでなく 時代の制約のなかで苦闘していたのですね
このお寺を建立して2人を手厚く供養したことや
身分違いで葬儀に参列できなかった側室の荼毘の煙を見送ったエピソードなどを読むと
とてもキライにはなれない人物です・・・
それにしても あまりに子供が多すぎて 養子先すら見つからなかった彼の14男 直弼が
後に井伊家を継ぎ 大老にまでなるのですから 人生はわからないものですね^-^
>それをどのように受け取るか
いい言葉ですね!
凸ありがとうございます^-^