大津祭 2010年 石橋山

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唐突ですが・・・

昨年10月の大津祭のつづきです。




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石橋山は寛延元(1748)年に登場。

それ以前は、空穂猿山(1705年)、
さらにそれ以前は練り物だったそうです。

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所望は謡曲から採られた「石橋」。

曳山の中央に大きな岩があり、
向かって右側に寂昭法師が立っています。

所望がはじまると岩が割れ、
唐獅子が登場し、いろんなポーズで牡丹に戯れます。

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大江定基は出家(寂昭法師)して唐に渡り、
仏跡を巡礼します。
清涼山の麓にたどりつき、
現世と浄土をつなぐという有名な石の橋でのたもとで、
ひとりの童子(または樵夫)に出会います。

法師が石橋を渡ろうとすると、
童子(樵夫)は彼を制止し、
この橋がとても危険であり、向うは文殊菩薩の浄土であるから、
ここで待てばやがて菩薩が現れるだろうといって立ち去ります。
 
なんだか、カフカの『掟のまえで』みたいな話です。

しかし、主人公のためだけに用意された「掟」であるにもかかわらず、
けっきょく、そのまえでのたれ死んでしまうカフカの小説とはちがい、
法師が待っていると、やがて獅子(菩薩の使者)が石橋の上に出現し、
咲き乱れる牡丹の花に戯れながら獅子舞を舞いはじめます。

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見送幕は、17世紀・フランク王国の毛綴 『王への貢進図』 
フランドル地方でつくられたものと考えられますが、
祇園祭の油天神山の以前の見送幕に類似するそうです。
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by dendoroubik | 2011-06-20 23:01 | ◇大津祭 | Trackback | Comments(0)