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アイドルを探せ! その4 中江藤樹

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いまから20数年まえのことです・・・

はじめて滋賀にきて、高島市(当時は高島郡)の
安曇川の夜祭りをひやかしていると・・・
現在も活躍中の人気女性漫才コンビが、
みかん箱のうえで漫才をしていました。

  「安曇川って、なにが有名な~ん?」

という、ボケ方の女の子の問いかけに、
間髪を入れず会場から

  「藤樹先生!」

という声があがりました。

  「トージュ先生? 知らんなあ・・・
  ガッコの先生の名前ゆわれてもわからんわ・・・」

女の子の返しに、会場はすこしだけ凍りつきました(笑)

特産物とか名所とか・・・
そんな答えを想定しての問いかけに、
知らない人物の名が出てきたのですから、
女の子のリアクションも無理ないですね。
だいたい、歴史上の人物に「××先生」
という敬称をつけるのは、特殊な例で 
「先生」といえば、学校の教師や、
お医者さんなんかを指すのが一般的です。

お二人は、そこから地元ネタで
話を広げるつもりだったんでんでしょうが、
場の空気を読んでか、
すぐにさしさわりのない芸能ネタに切り替わってしまいました・・・

しかし、安曇川といえば、
これはもうなんといっても「中江藤樹」で、
「ナカエ・トージュ」なんて呼び捨てにできない・・・
「トージュ先生」と呼び慣わされるのは、現在も変わりません。

そんな安曇川の藤樹ゆかりの場所をぶらついてみました。




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「中江藤樹墓所」

向かって左が藤樹の、中央奥がその母、
右が三男の常省の墓。

  儒式の墓にならって土盛があり、
  そのすぐ前に墓碑が建てられています

・・・と案内版にあります。

  地元では古くから藤樹先生の墓所として大切に守り伝えられ、
  現在も上小川の人々の手で清掃・管理が続けられています。

以前、びわ湖の対岸の豊郷小学校を訪ねたとき、
下駄箱のうえに小さな藤樹像を見かけたことがあります。

「近江聖人」とも呼ばれる藤樹・・・
ある時代までは、安曇川にとどまらず
滋賀県下で敬われていたのでしょうね・・・

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「藤樹書院跡」

藤樹は、農家の長男としてこの地に生まれます。

9歳の時に祖父・徳左衛門
(米子藩主加藤家の150石取りの武士)の養子となりり米子へ。

のちに米子藩主の国替えにともない、
大洲藩(愛媛県)に移住・・・
そこで祖父の死去により、家督100石を相続。

27歳のとき、郷里の母への孝養と健康上の理由により
藩に辞職願いを出しますが、許されず脱藩。

しばらく京に潜伏の後、
安曇川に戻り私塾を開きます。

死の半年前に小川村に開いたのが、
この「藤樹書院」です。

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内村鑑三は『代表的日本人』のなかで、
西郷隆盛や二宮尊徳らとともに
中江藤樹の名を挙げ、こう記しています・・・

  藤樹は日本の生んだ最も聖人らしい、
  最も進歩した思想家のひとりである。
  藤樹は名を求めず利をはからず、
  ひたすら人間としての完成に打ちこんだ。
  だがその評判はおのずと広まり、
  彼の下に教えをうけようとする人々が集まった。
  こうして人の師たる資格なしとする藤樹であったが、
  慕って集まる門人の教育に精魂こめて従うようになった。
  そして師弟ともども、学問と修養に力を尽くしたのであった。
  ここに真の先生があり、真の弟子があり、
  真の教育をみることができる・・・

藤樹の門弟として
著名な人物のひとりに、熊沢蕃山がいます。

藤樹の評判を聞いて、
彼はこの書院の門を叩きますが、

  私は弟子を持てるような立派なものではない

・・・と入門を断られます。

蕃山はあきらめずに2日2晩、
この門前に座り込んで入門の許しを乞い、
見かねた藤樹の母の口ぞえで
やっと迎え入れられた・・・といいます。

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この講堂は慶安元(1684)年、
門人たちによって創建されたものですが、
明治13年(1880)、この村におこった大火事に類焼して焼失。

(自宅を焼かれた村人たちが、
藤樹の遺品を救いだしたといいます)

現在の講堂は、その2年後 募金で建てられたもので、
焼失を免れた藤樹の位牌や遺品などが
大切に保管、展示されています。

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毎年、九月二十五日の藤樹の命日には、
この書院と藤樹神社で盛大な祭典がおこなわれるんだそうです。
とくに書院でおおなわれるものは、
日本では珍しい儒式の祭典・・・とお聞きしました。

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藤樹は41歳で逝去。

その若さで「聖人」と呼ばれていたんですね・・・

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「藤樹神社」は大正十一年、地元を中心に、
藤樹を敬慕する人々によって建立。

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「陽明園」

藤樹が師と仰ぐ王陽明の生地である
中国浙江省余姚市と藤樹の生地であるこの旧安曇川町との
友好交流を記念して建立された中国式の庭園。

ほとんどを中国の材料を用いて建設されたんだそうです。

東屋『陽明亭』は

  余姚市の龍泉山公園に建てられている陽明亭をもとに、
  明代(1368~1661)の建築様式によって復元したものです。

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建造物だけではありません。

2004年に旧安曇川町は映画『中江藤樹』を製作。

藤樹役は原田龍二。架空の恋人役が小田茜。
母親役に樫山文枝。熊沢蕃山は加藤大治郎。
そのほかには野村将希、伊吹吾郎など、
まるで『水戸黄門』のようなキャスト(笑)

それもそのはず、東映太秦映像が製作協力しています。

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安曇川はまた「扇骨」の産地としても知られます。

冬の晴れの日、民家の軒下や
庭で扇骨を干す光景(「白干し」というそうです)が見られます。

全国シェア80%・・・「京扇子」の扇骨はまず安曇川産です。
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Commented by anny at 2011-03-02 03:16 x
知らん!まったく知らん!今の今まで知らんかった!(^^;
Commented by dendoroubik at 2011-03-02 22:58
☆annyさん

あ! 自分は 中江藤樹のこと 高校から知ってましたよv
・・・といっても「倫社」の教科書で名前と・・・肖像画・・・裃をつけて やや前屈ぎみの猪首に髭面の丸い大きな頭をのせた姿・・・を記憶していたにすぎませんが^^;
Commented by anny at 2011-03-03 00:50 x
中野区の名士・井上円了くらいマイナーかも・・・
Commented by dendoroubik at 2011-03-03 09:12
☆annyさん

中江藤樹が いくぶんマイナーなのは 西郷や二宮みたいに政治や政府に関わらなかったからでしょうね・・・たぶん
そのせいで あまり近代教育で喧伝されなかったこともあるのでは?

井上円了の名は たぶんannyさんのブログで知ったのかな・・・なかなかに奇抜な方ですね^^
by dendoroubik | 2011-03-01 22:33 | ◇アイドルを探せ! | Trackback | Comments(4)