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毎年、桃の節句の前後に
湖東の近江商人屋敷でおこなわれるのが「ひな人形めぐり」。

五箇荘、日野には何度か足を運んだことがあるのに、
なぜか近江八幡には行ったことがなく、
もう終わりかけではありますが、
近くの用事があったついでに立ち寄ってみました。

主な会場はふたつ。
まず「西川利右衛門邸」から・・・。

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今年もたくさんの祭りを見物しました。

比叡山延暦寺の鬼追式にはじまって、勝部の火祭り長等神社の綱打祭真野のさんやれ祭だるま寺の節分大祭千本釈迦堂のおかめ節分会北野天満宮の追儺式五個荘金堂のにんげん雛まつり勝山左義長まつり、田縣神社豊年祭比良八講日野の南山王祭沙沙貴まつり山王祭 午の神事長浜曳山まつり古川祭海津力士まつり日枝神社のお田植えまつり礒武者行列伊庭の坂下し祭篠田の花火鍋冠まつり小松お旅まつり津沢夜高あんどん祭り金沢 百万石まつり宇治の県祭富山山王まつりYOSAKOIソーラン日本海 彦根三十五万石大会みやび会 お千度白峯神宮の蹴鞠白峯神宮の小町をどり祇園祭宵山祇園祭山鉾巡びわ湖大花火大会石崎奉燈祭小矢部三大祭り唐崎神社のみたらし祭り井之口豊年太鼓踊り久多花笠踊り大原祇園祭おわら風の盆敦賀まつり瀬古の流星城端むぎや祭りBIWAKOビエンナーレ2012ござれGO‐SHU!米原曳山まつり大津祭宵宮ゆるキャラまつりinひこね~キグるミさみっと2012~白川郷のどぶろく祭り時代祭長浜きもの大園遊会近江神宮の流鏑馬神事・・・。

数えてみると53^-^;

なかでもいちばん奇妙だったのは、奇祭として名高い、田縣神社豊年祭

あまりにもあまり・・・だったため、upしなかったシーンをいくつか。

(不本意ながら、一部モザイクをかけています^-^;)

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春先に比良山系から吹き降ろす北西の季節風 
「比良八荒」にまつわる、
滋賀ではよく知られたこんな言い伝えがあります。

むかし・・・比叡山の若い托鉢僧がびわ湖対岸で急な病に倒れ、
在家の信者の手厚い看病を受けます。 
その家の娘は托鉢僧に恋し 思いを打ち明けますが、
相手は修行の身。 窮した僧は 
びわ湖の西岸の彼の庵まで、
100夜、たらい舟で通ったなら夫婦の契りを交わしましょう
・・・と苦し紛れの言い逃れをします。 
ところが、娘はその言葉を信じ、
毎夜たらい舟でびわ湖を渡り通ってきます。 
いよいよ100日目という夜、
目印の灯篭の火が折からの比良颪によってかき消され、
哀れ娘は湖の藻屑と消えた・・・という話です。 

この話にはいろいろなヴァリエーションがあって、
溺れた娘は 「イサダ」 という魚になった、とか、
灯篭の火は風で消えたのではなく、修行僧が吹き消したなど、
多少の異同はありますが、娘の無念の思い
・・・あるいは怨念が、春先の「比良八荒」 を呼ぶのだ
・・・という点は共通しています。

「比良八講」 の一行に、ぼんぼりを手にした 
「稚児娘」が加わっているのは、
法要で彼女らがびわ湖西岸に上陸することにより、
思いを遂げられなかった昔話の娘の満願成就させよう
という思いが込められているのだといいます・・・

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3月26日 「比良八講」 の法要が営まれました。

午前8時40分頃、大津市長等の本福寺を一行は出発。 
衆僧、山伏、尺八衆、ぼんぼりをもった稚児娘など 
総勢50名ほどのお練りです。

山伏が法螺貝を吹鳴らしながら、
長等商店街、京阪京津線の大通りを通り、
浜大津港までを練り歩く姿は
どこか浮世ばなれして不思議な感じがしないでもありません・・・

浜大津港で安全祈願
・・・と、ここまでが浜大津でおこなわれる行事。 

その後、一行は観光船ビアンカに乗って湖上法要、
近江舞子へ上陸して採燈護摩供がおこなわれます。

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今日、3月26日 浜大津、びわ湖上、近江舞子で
「比良八講」(ひらはっこう)の法要が営まれました。

比良から吹き降ろす風が強く、
晴れたり雪が降ったりとおかしな天気でした。

この法要が終わるころ「比良八荒」(ひらはっこう)
と呼ばれる季節風が終息し、
湖国にも本格的な春がやってくるといわれます。

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「比良八講 荒れじまい」・・・そんな風に言われます。
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あまりにもセンセーショナルな祭り故に、
海外からの見物客も少なくないこの祭り・・・

1時間半の行列を眺めているうちに、
たしかにセンセーショナルにはちがいないのですが、 
ある一点を除けば、どこにでもある素朴でほのぼのとした祭り
のようにも思えてきます・・・

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この祭りに見所は、午後2時にお旅所を出発し、
300メートルほど離れた田縣神社まで
1時間半ほどかけて渡御する神輿と一行の行列です。

午後11時まえ、名鉄小牧線田縣神社へ降り立つと、
もうそこはお祭りモード全開。 

メインの行事は午後からだというのに、
プレイボール直前の甲子園球場のような混雑ぶりです。 

新聞報道によると、例年、10万人程度の人出だということなので、
甲子園の2倍ほどになりますね。 

この喩えは、却ってわかりにくいですか(笑)

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野も山も みなほほえむや 田縣祭


愛知県小牧市、 田縣神社の豊年祭を見物にいきました。 

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「奇祭」と呼ばれる祭りは世に数知れず・・・
自らそう名乗る祭りも少なくありません。 

そもそも、祭りというのは「ハレ」の時空ですので、
日常「ケ」に対して「奇」であることは論を俟ちません。

「奇祭じゃない祭りなんてない!」

そう極論しても、あながち間違いではないかもしれません。

しかるに・・・
毎年3月15日に執り行われるこの田縣神社豊年祭は 
「奇祭」の域を越えた「珍祭」!(笑)

「天下の珍祭」

公式HPにもそうあります(笑)

日本の祭りには、卑猥さがひき起す
大らかな哄笑に満ちたものが、
たくさんあったんだと思います。

優美さをもって知られる越中八尾の「おわら風の盆」でさえ、
昭和のはじめ、初代おわら保存会長に招かれた小杉放庵をして、

曲はいいが、歌詞が下品で聞くに堪えない

といわしめたほど卑猥な歌詞が多かったといいます。
 
現在、伝承されている祭りの多くからは、
この猥褻さが排除されていますが、
直径六〇センチ、長さ2メートルの檜でできた
男性性器を厄男たちが担ぎだすこの祭りから、
猥褻さを取り除くとなにも残らない
・・・といった事情が「天下の珍祭」を
逆に生きながらえさせたのかもしれません・・・

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「五穀豊穣、万物育成、子孫繁栄」 を祈願するこの祭り。
市外、県外はもちろんのこと、
国外からの見物客が多いのも特徴です。

見物客の1割近くは海外からお越しの方々。

観光地で、写真撮影を頼まれることがよくありますね。 
たいていは撮ってあげたデジカメのモニターを見て
小首を傾げながらあいまいに礼を言われるのがオチですが、
この祭で撮ってあげた外国人観光客は大ウケ。 
盛りあがって、ハグしてくれました(苦笑)

見物しているうちに・・・この祭りの楽しみ方としては、
彼らの見物の仕方の方が正解じゃないかな・・・
とだんだん思えてきました・・・(笑)


⇒小牧 田縣神社豊年祭1
⇒小牧 田縣神社豊年祭2
⇒小牧 田縣神社豊年祭3
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今週末(17~18日)近江八幡では左義長まつりがおこなわれます。 

勝山左義長まつりの余韻がまだ残るなか、
ぜひとも今年も見たかったのですが、
残念ながら仕事で行けそうもありません(>_<)

現在は合併して同じ近江八幡市になりましたが、
旧安土町・・・織田信長の安土城下で
この祭りはおこなわれていたといいます。 

城主・信長自らも女装して参加していたことが
『信長公記』 に見られるのだとか。

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