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つづきです。

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四番山の「諫皷山」(御堂前組)。

外題は「喜有福満祭提灯」
(よろこびありやふくみつるまつりちょうちん)

子ども歌舞伎とはいえ、予備知識がなければ、
ストーリーさえ理解できないものも少なくありませんが、
これは腹をかかえて笑いながら楽しめる、
わかりやすい傑作でした。

それもそのはず・・・。
原案は松竹新喜劇の名作『祭り提灯』。
長浜曳山まつり史上初の創作狂言だそうです。

子ども役者の話す上方ことばも品があって、
とても心地よかったです。

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坂は照る照る 鈴鹿は曇る 
あいの土山 雨が降る

降る雨よりも 母子の涙 
中に時雨る雨宿り・・・


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14日、長浜曳山まつりの宵宮。

その午後、長浜八幡宮へ曳行された4つの出番山。

日が暮れる頃、子ども歌舞伎の役者が
神社から町内へ練り渡ってゆきます。

夕渡り・・・とても幻想的な行事です。

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末社全てが「参入」し終え、
これでしばらく落ち着くのかな・・・
と思いながら神社前に目をやると・・・

そこには、各集落(末社)の猿田彦が、
一堂に会しているではありませんか!

正直、この展開には度胆を抜かれました。

まるで、猿田彦版 WE ARE THE WORLDです(笑)

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久麻加夫都阿良加志比古(熊甲)神社の祭神、
クマカブトアラカシヒコというのは聞き慣れない名前ですが、
古代朝鮮(3~4世紀頃)の王族とも、地神ともいわれます。
もう一柱の祭神、ツヌガアラシトは、
日本書紀に登場する、大加羅国の王子、
福井県敦賀に上陸し、その名が
「敦賀」の由来となった、といわれる人物ですね。

能登中島では、朝鮮・新羅の王子が上陸し
この地方を平定して守護神と祀られたとの伝承があり、
熊甲神社の二柱の神は「朝鮮神様」と呼ばれているそうです。

この地と古代朝鮮との関係については、いろいろ想像が膨らみますが、
色彩豊かなこの祭りは、たしかに異国情緒に溢れています・・・。

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夜が明けて間もない七尾湾を航行する2艘の漁船。

神輿や<「枠旗」と呼ばれる、
20メートルほどの真紅の旗などを載せた漁船が、
朝日を背景に湾を渡御する姿・・・とても幻想的でした。

石川県七尾市中島の「お熊甲祭(おくまかぶとまつり)
(国指定重要無形民俗文化財)

早朝、19の集落にある末社
(この年は18の集落が参加していました)から、
久麻加夫都阿良加志比古神社
(くまかぶとあらかしひこ)へ向けて出立します。

唯一、船で渡御する瀬嵐地区から覗いてみました・・・。

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「蜃気楼の見える町」・・・富山県魚津市。

毎年8月の第一金曜日、土曜日の夜、
魚津漁港まえの諏訪神社でおこなわれる「たてもん祭り」。

今回で2度目の訪問です。
台風接近で中止となった初回をあわせると3度目。

真夏の夜の不思議で、美しい行事です。

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ちまきどーですかー
厄除けのちまき どーですかー


駒形提灯に灯りがともる頃、
町会所あたりから、子供たちの声が聞こえてきます・・・。

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びわ湖の間隔がいちばん狭くなった西側、堅田。 
名高い浮御堂」のすぐ南側に
「おとせ浜」 と呼ばれる小さな浜辺があります。

「おとせ浜」には、おとせの石」
という石碑がひっとりとたたずんでいます。

「おとせ」というのは堅田出身の女性の名前で 、
彼女にまつわる伝説が、この浜の名前の由来です。


こんな話です。


源平争乱の頃・・・
京の源氏屋敷に奉公していたおとせは、
主家滅亡の際、源氏の旗印である
白旗を守りながら故郷へ向けて逃れます。
大津で討手を振り切るためにびわ湖へ飛び込みますが、
白旗を握った片腕を切り落とされ、息絶えてしまいます。

その片腕は故郷の堅田に流れ着き、
おとせの子が指を開かせるまで、
白旗を握りしめたまま離そうとしなかったのだといいます。

忠義を貫いて白旗を離さなかったおとせ。
その子は母の遺志をついで白旗を守護し、
のちに木曽義仲の武将手塚太郎光盛に・・・

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