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兵庫県尼崎市の大覚寺では昭和28に「狂言」が復興される際
京都壬生狂言から指導を受けたといわれています。

壬生寺の節分会で必ず上演されるという演目「節分厄払」は
大覚寺の節分会でもやはり上演されます。内容はほぼ同じです。


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『橋弁慶』は、御存じ五条大橋上での弁慶と牛若丸出会いの物語。

千人斬りを弁慶の所行とする、お馴染みの物語とはちがい
もとになった能楽の通り、牛若丸が大暴れをしている設定です。


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大覚寺の節分会でいちばん最初に上演されたのは「閻魔庁」

インパクトのあるヴィジュアルで善懲悪、因果応報の理を教える
「壬生狂言」に倣ったセリフのない「身振り狂言」です。

この番組は、朝一の豆まきに参加した近隣の幼稚園児も観覧していました。


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大昔の芝居を見ていると、歴史的背景や人間関係がわからなくて
物語自体がよく理解できないことがしばしばあります。
それらが理解できても、現在の道徳からかけ離れていて
とうてい共感できないということも少なくありません。

『船弁慶』は、一般受けするわかりやすい能だといわれます。

たしかに、壇ノ浦に滅んだ平家の公達
義経と弁慶、静御前といった登場人物はお馴染みで
観客は説明がなくてもあらかじめ明確なイメージをもっています。
物語もそのイメージ通りに進行します。
また、前シテの哀切さと後シテのドラマティックな展開はわかりやすく
歌舞伎にも取り入れられているほどおもしろい。

ただ、これほどわかりやすい物語のなかに
ひとりだけイメージを裏切るように造形された人物がおり
この男の登場が、物語に不思議な違和感をひき起します・・・


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by dendoroubik | 2017-02-07 21:00 | ◆摂津の祭
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節分の日の北野天満宮。

午後1時からは、神楽殿にて
茂山千五郎社中による「北野追儺狂言」がありました。

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水海の田楽能舞。 最後に奉納されるのは「羅生門」。

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大阪府池田市に
「呉服(くれは)神社」という名の神社があります。

「日本書紀」によると、応神天皇のころ、
呉の国から織物の技術を伝えるため、
4人の「縫工姫」(きぬぬひめ)たちが
摂津の国、武庫の津に着いたとあります。

池田市に伝わる伝説では、
そのなかのふたり、呉織(くれはとり)、穴織(あやはとり)が、
猪名川から猪名の港に着き、
そこで織物の技術を伝えたとされています。

呉織は139歳まで生き、
その遺体を納めたとされる姫宮の跡が
現在の呉服神社である・・・と。

この能は、日本に最初に織物、
染織の技術を伝えたという、そのふたりの女性の物語です。

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「箙」「八島」とともに、勝ち戦の武将を主人公とする
修羅能、勝修羅三番のひとつです。

武者姿の田村麿が戦記を語りながら舞い、
敵をなぎ倒した往時の姿を彷彿とさせる、
たいへんテンションの高い後半部分。

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  高砂や この浦舟に 帆を上げて
  この浦舟に帆を上げて
  月もろともに 出潮の
  波の淡路の島影や
  遠く鳴尾の沖過ぎて
  はやすみのえに 着きにけり
  はやすみのえに 着きにけり


あまりにも有名な世阿弥の脇能の傑作中の傑作、
『高砂』の後半部分です。

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鵜甘神社に奉納される能舞は5曲。

冒頭に舞われる別格の「式三番」。
序の舞に当る「高砂」「呉服」(脇能物)
破の舞に当る「田村」(修羅物)
急の舞に当る「羅生門」(切能物)

いずれも後半部分のみを舞う半能です。

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