タグ:■子供歌舞伎 ( 105 ) タグの人気記事

c0196076_005218.jpg

子ども歌舞伎が演じられる小松の曳山は、
安永5 年(1776) 近江長浜長浜より譲り受けた古い曳山を、
加賀の伝統工芸を駆使して改良発展したものといわれます。

それ以前にも、小松の「お旅まつり」では、
すでに曳山が造られて曳きまわされていたそうで、
その記録の初見が明和3年(1766)
そこから数えて今年が250年ということになります。

記念すべき「曳山250年」の今年、土曜日に、
お馴染みのせんべぇさんと小松へ出かけました。
現地で、達人toraさんとも合流です。

つづきはこちらから
c0196076_7225535.jpg

三番軕、西町「攀鱗閣」
芸題は「双蝶々曲輪日記 八幡里引窓の場」

衣装も寒色ばかりで派手なところはなく、
アクションも少ない地味な台詞劇ですけれど
引窓の開け閉めによる部屋の明暗、
歳時や時刻の移り変わりが物語に絡まりながら、
人情の機微を映し出す、心に沁みる名篇です。

つづきはこちらから
c0196076_22382016.jpg

この春は、長浜の常盤山「妹背山婦女庭訓」
萬歳楼「傾城阿波の鳴門」
そして垂井の鳳凰山「野崎村」と、さながら近松半二祭り。

歌舞伎におされて浄瑠璃が不人気になるのを
苦々しく思っていたという近松半二は、
子ども歌舞伎で、これほど自作が集中して演じられることを、
どんな風に思っているでしょう・・・

つづきはこちらから
c0196076_7194215.jpg

一番軕の中町(紫雲閣)の芸題は「一谷嫩軍記 熊谷陣屋」

子ども狂言の演目でいちばん多いのは、
おそらく「忠臣蔵」(・・・といってもいろいろありますけれど)
ついで「一谷嫩軍記」なかでもこの「熊谷陣屋」ではないでしょうか。

長い軍記物の真ん中だけを出すわけですから、
人間関係や設定を知らなければ、
決してわかりやすい話でもありません。
また、たいていの歌舞伎と同様に、
この物語も、現在のモラルや常識からすると
ストレートに共感できるという類いのものでもありません。

それでもいまだに上演される人気演目なのは、
日本人の心の琴線に触れるテーマが凝縮しているからでしょうか・・・

つづきはこちらから
c0196076_225049.jpg

5月2日の試楽、3日の本楽、4日の後宴、
GWの3日間おこなわれる八重垣神社の祭り、
「垂井曳軕まつり」(岐阜県不破郡垂井町)

かねてから、絢爛豪華な曳やまのうえで
子ども歌舞伎が演じられ(奉芸され)るこの祭りを
見てみたいものだとは思っていたのですけれど、
春祭りのピークでもあり、日程が合わず何年か断念。

5月3日の本楽、祭り師匠toraさんの指南の下、
ようやく念願叶って初見物です・・・

つづきはこちらから
c0196076_83420.jpg

4月16日の千秋楽をはじめて見せていただきました。

小学生の演じる子供歌舞伎は、
後になるほどよくなる・・・とはよく言われることですけれど、
ホントにその言に違わず、心に染み入るような舞台でした。

つづきはこちらから
c0196076_21532143.jpg

長浜曳山まつり宵宮の4月14日の午後、
前日のくじ取り式で一番くじを引いたのは伊部町組「翁山」
くじ順とは逆に4番山から八幡宮へ向かう登り山。

(写真は常盤山)

つづきはこちらから
c0196076_0211331.jpg

常磐山「妹背山婦女庭訓 三笠山御殿」

3年まえの米原曳山まつりではじめて見ましたが、
振付はそのときと同じ川村和彦氏。

⇒米原曳山まつり 2013 その4 壽山組①
⇒米原曳山まつり 2013 その5 壽山組②

つづきはこちらから
c0196076_108248.jpg

瀬田町組、萬歳楼は「傾城阿波の鳴門 どんどろ大師の場」

4つの当番山の演目は時代物、世話物がそれぞれ二山組。
世話物ふたつは、奇しくも大坂が舞台。
ひとつは父と息子の、ひとつは母と娘の再会の物語でした。

つづきはこちらから
c0196076_22342491.jpg

鎌倉幕府の御家人、梶原景時といえば、
頼朝に讒言して義経を死に追いやった大悪人
・・・という評価が通り相場でしょう。

歴史上もっとも人気のない人物のひとりかもしれません。

小説・ドラマなどでは、
必ず冷酷で悪い奴として描かれる景時
(大河ドラマ「義経」では中尾彬・・・適役でした)
たったひとつ、目も醒めるようなカッコイイ正義の侍
・・・として描いているのがこの「石切梶原」。

つづきはこちらから