「ほっ」と。キャンペーン

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はじめてやななを見たのは、第2回の彦根のゆるキャラまつり。
ステージのうえで、みうらじゅんさんの似顔絵をカバンから取り出し、
ゲストのご本人に必死にアピっている姿に視線が釘づけemoticon-0115-inlove.gif

「ダンボールかぶってるだけじゃん!」

みうらさんにイジってもらって、ご満悦そうでしたw
それ以来、すっかりやななの虜に・・・emoticon-0152-heart.gif

大津のあるスーパーのイベントで、
子供たちにドン引きされまくっていたのも鮮烈に印象に残っていますemoticon-0136-giggle.gif

そんなやななも、今日で引退emoticon-0106-crying.gif
去年のゆるキャラまつりが見納めとなりました。
昨日と今日の引退セレモニーを見られなかったのは残念ですが、
こんなに楽しませてもらったアイドルは他にいません。

お疲れさまでした!
いままで、ありがとう!
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「比良八講荒れじまい」

近江にそんな言葉があります。

一見、穏やかに見えるびわ湖ですが、この時期、寒気がぶり返し、
比良山から突風が吹いて大荒れになることがあります。

この局地風を「比良颪」とか「比良八荒」と呼びます。

びわ湖の西側は、比良の東麓が湖に迫っていて、
急斜面を駆け降りるように吹くこの北西の風は、
全線高架のJR湖西線で
停車中の貨物列車を横転させたこともあるほど。
1941年の4月のはじめ、 死者11名を出した
旧制第四高等学校漕艇部の遭難事故も、
この「比良颪」が原因といわれます。

かつて比良にあった天台寺院で、法華経を講読する
「法華八講」とよばれる法要が営まれていました。
その時期が、びわ湖の荒れる時期と重なっていたことから
これが終わる頃に局地風も収まるという意味で

  「比良八講 荒れじまい」

という言葉が生まれたそうです。

比良(法華)八講の法要は、途絶していましたが、
昭和30年、箱崎文応大僧正によって再興。
毎年3月26日、天台僧侶によって、浜大津、
近江舞子でおこなわれています。

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「左義長まつり」の見所
・・・といいますが魅力を3つ挙げるとするなら、

食材でつくられた「ダシ」の工芸的な美しさ、
「ケンカ」の勇壮さ、 
そして、クライマックスの「奉火」の壮麗さ

・・・ということになるでしょうか。 

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近江八幡の日牟禮八幡宮では、
毎年3月の半ばに、この「左義長まつり」
翌月4月14、15日には「八幡まつり」がおこなわれます。

ひとつの神社で、これだけ大きな火祭りが
2ケ月にわたっておこなわれるというのは、
全国的にも珍しいのではないでしょうか。

まず、午後8時、馬場で5基の一斉奉火からはじまります。

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2日目の午後2時。

十二ある各町、地区の左義長が
日牟禮八幡宮まえの「祭り広場」に集結。
「ケンカ」がはじまります・・・。

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この土日、日牟禮八幡宮を中心に、
近江八幡旧市街地で「左義長まつり」がおこなわれました。

豊臣秀次の八幡城が築城されたとき(1585年)、
廃城となった安土城下から移住してきた人々によって
はじめられた祭りといわれます。

日牟禮八幡宮には応神天皇のころよりはじまったとされる、
土着民による松明祭りがあり(「八幡まつり」
来月の14,15日におこなわれます)
一説によると、仲間に入れてもらえなかった新来者が、
時期をズラしておこなったのがこの左義長まつりなのだとか。

安土城下でおこなわれていた祭りらしく、
『信長公記』には、城の完成を喜んだ信長が、
みずから華美な衣装で左義長踊りに加わった、
と記されているのだとか・・・。

現在の左義長まつりも、信長好みのを基調として
女装、仮装など奇抜な恰好の若者が乱舞します。

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飛び出し坊やのルーツは野球小僧だともいわれます。

ボールを追いかけるのに夢中で、
自動車の接近に気づかない少年・・・。

そんな彼らの姿は、飛び出し坊やの発祥時、
ドライバーたちにとって

  「注意しなければ!」

という共通のアイコンだったはずです。

最近、野球小僧がサッカー少年に
とってかわられている事例はよく目にします。
が・・・道路でテニスの練習をしている女の子というのは、
さすがにリアリティに欠けはしませんか。

ドライバーめがけて強烈なスマッシュを放つ少女・・・。
これはないでしょう(笑)
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長浜市に合併はされましたが、
木之本へ来ると「あー、やっぱり木之本」
・・・って、感じです。

京都・大阪、名古屋からも遠く、
観光地、彦根・長浜からも微妙に離れていて、
自然の宝庫、高島からもちょっと距離がある・・・

賤ヶ岳の戦いの布陣を見てみても、
江州なのか越前なのか・・・。
ちょっと地理感覚のつかみにくいところではあります・・・。

しかし、かつて木之本は、
北国、東国と西国をつなぐ交通の要衝。
とくに北国の大名や要人たちは、
一再ならずこの宿場町へ逗留したといいます。

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つづいて、現在、資料館になっている「旧伴庄右衛門邸」(近江八幡市指定文化財)。
こちらは御殿雛や段飾りがメインになっています。

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毎年、桃の節句の前後に
湖東の近江商人屋敷でおこなわれるのが「ひな人形めぐり」。

五箇荘、日野には何度か足を運んだことがあるのに、
なぜか近江八幡には行ったことがなく、
もう終わりかけではありますが、
近くの用事があったついでに立ち寄ってみました。

主な会場はふたつ。
まず「西川利右衛門邸」から・・・。

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来週の土日は、近江八幡の左義長まつりです。

 チョーヤレ! チョーヤレ!
     マッセ!  マッセ!

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