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あっ! あれは!

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いまさらUPするのも躊躇われるような、
滋賀県民には超お馴染みの風景。
守山の第一なぎさ公園です。

近江八景のひとつに「比良暮雪」(ひらのぼせつ)があります。

びわ湖の西岸に連なる比良山が、
冬を過ぎ、春が訪れ桜の季節になっても、
まだ峰々に雪を頂く優美な姿を讃えたものでしょう。

大寒の頃に撮った写真なので[暮雪」ではありませんが、
対岸のなぎさ公園に植えられた「寒咲花菜」が
逆に春を先取りし、現代版「比良暮雪」を演出しています。

写真撮影の定番スポットで、
この時期、訪れる人がひきもきりませんが、
これから北へ・・・
早春にかけてのびわ湖東岸からの比良山の眺めは、
ここに限らず、どこも優美だと思います。
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水口の市街地から、東海道を土山へ抜ける途中、
野洲川左岸にひろがる田園地帯、和野。

和野の集落のひとつに、氏子の数、
わずか十戸ほどの天満神社という小さな神社があります。
祭神はもちろん菅原道真。
この神社で毎年1月25日・・・初天神の日・・・
「>御弓の神事」がおこなわれています。

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米原から長浜にかけてのびわ湖畔。

伊吹山の見える湖畔で波に浮かぶコハクチョウを眺めていると、
ふとこんな妄想が浮かんできます・・・。

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東海道の五十三番目の宿場町、
びわ湖水運の最大集散港として栄えた大津の町。

17世紀末には、町数100カ町、人口1万8千人を越え、
「大津百町」と呼ばれた大津の市街地には、
現在も1600ほどの町家が残っているそうです。

ただ、それらの町家は多くは点在していて、
残念ながら観光資源になるような
統一的な町並みを形成しているわけではありません。

大学で地理を専攻し、
47都道府県を踏破したと豪語する、
大津市在住の友人は、

  「日本でもっとも廃れた県庁所在地は大津・・・」

と呟いていました。

そうかもしれません・・・

「大津百町」の面影を偲ぶことができるのは、
ただ大津祭の宵宮の一夜だけでしょうか・・・

もちろん、往時の「大津百町」がどんなものだったか
ということ自体が、想像の域を出ないわけですが、
西の外れに近い、旧船頭町から、桶屋町、柴屋町
(上馬場町、下馬場町)あたりを歩いていると、
あるいは、こんな感じだったのではないかな
・・・という妄想が膨らんできます。

下町の雰囲気が、とてもよく残っているところです。

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14日は朝から大雨で、出かけるのを控えていましたが、
午後から雨があがったので、
長等神社へ「綱打祭」(つなうちさい)を見にゆきました。

わら縄で編んだ巨大なヘビをまつる伝統行事です。
そういえば、今年は巳年。

神社の主祭神、スサノオノミコトが、
ヤマタノオロチを退治した故事にちなむもので、、
1000年以上まえ(一説には1600年まえ!)から
はじまったといわれる神事。

ずーっと同じ形式の祭りがつづいてきたわけじゃないのでしょうけど、
1000年もつづいてるなんて思えない、ゆるーい感じがいいんです。

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何年かまえに、テレビで
「お城好き」で知られるふたりのタレントが対談していました。

  ヘンなお城を再建するくらいなら、
  石垣のまま残しておいてほしい!

ひとりがそう発言すると、
もう一方もその意見に激しく同意していました。

とくにお城に興味があるわけではないので
「そんなもんかなあ・・」と思って見てましたが、
その考えは、ちょっとわからなくもないですね。

おそらく、ヘンなお城」というのは、時代考証を無視して、
観光誘致のために急造された「城」のことでしょう。
「お城好き」の方々は、その城の「在りし日」に
思いを馳せることが好きなのであって、
石垣さえあれば、あとは自分の知識と想像力で補って
城を「再現」することができるのだと思います。

「ヘンなお城」は、むしろ
そんな想像力を邪魔するものにすぎないのかもしれません。

ところが、ルイス・フロイスをして

  「安土城につぐ名城」

といわしめた坂本城・・・
城のあったという下阪本のあたりを歩いてみても、
往時を偲ぶよすがはなにもありません。

大津市下阪本にある坂本城址公園。
かつてここには、明智光秀の坂本城がありました。
昭和54年におこなわれた発掘調査によると、
この写真でいえばちょうど光秀像のうしろの木の向こうに、
大小ふたつの秀麗な天守がそびえていたことになります。

「想像」できますでしょうか・・・?
(僕にはできません)

いくらディープな「お城好き」でさえ、
坂本城の幻影を思い描くのはむずかしいかもしれません・・・。

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99.りょうとくじのおはつきいちょう
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「まだやってんのか?」

・・・って感じですが(笑)

「り」がどうしても思い浮かばず、中断してました。

やっと思いつきました。「了徳寺のお葉付き銀杏」。国指定の天然記念物です。

中山道醒ヶ井宿。
清流にしか咲かないという「梅花藻」で知られる地蔵川沿いにある、了徳寺。
その境内にある樹齢150年とも200年ともいわれるイチョウは
葉にじかに銀杏がなる不思議な木。

化石から出土するイチョウによく似たものが多く
先祖返りしたものではないかといわれるそうです。

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今年の初撮り(鳥?)です。

思い返せば、カメラを持つのも、
昨年の11月はじめ、
立山を撮りにいって以来。

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92.たがたいしゃのまんとうさい
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  お伊勢参らばお多賀に参れ
          お伊勢お多賀の子でござる

伊勢神宮の祭神、アマテラは
多賀大社の祭神、イザナギ、イザナミの子なのだから
伊勢よりも多賀へ詣でるべき・・・

このキャッチコピーが功を奏したのかどうか
中世から近世にかけて伊勢、熊野とともに多賀大社は庶民の参詣で賑います。

お多賀さんが隆盛したのは
当時の近江が交通の結節点だったこともあるのでしょうが
現在も滋賀県でもっとも初詣の参拝者数が多いのは、やはりお多賀さんです。

夏の風物詩「万灯祭」。

その名の通り一万二千の灯火があげられます。
黄泉の国の大神となったことで
祖先の霊をお護り下さる女神となったイザナミに
感謝を捧げる祭りだといわれます・・・。

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