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「ござれGO-SHU!」というのは
滋賀県東近江市(水口)でおこなわれるよさこい式イベント。

今年で14回目になるのだそうです。

「GO‐SHU!」は滋賀の盆踊り
「江州音頭」からきています。

関西京都今村組「破海=HAZUMI=」

震災前の東北の祭りの楽しげな様子。
大地震と津波。
そして希望・・・の3つのパートが力強く演じられます。

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by dendoroubik | 2012-09-30 09:00 | ◆近江の祭 湖南 | Trackback | Comments(4)

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作品が展示されている建物は以下の通りです。

【近江八幡エリア】

天籟宮 尾賀商店、カネ吉別邸、幸村邸 隠居、
旧中村邸、小田邸、八幡山展望館、村雲御所 瑞龍寺門跡。

【五個荘エリア】

外村繁邸、外村宇兵衛邸、中江準五郎邸、金堂まちなみ保存交流館、
豆光別邸、土田邸、萬松園、塚本酒店倉庫、中山道三軒町。

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by dendoroubik | 2012-09-29 12:00 | 滋賀 近江八幡 | Trackback | Comments(0)

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近江八幡は不思議な町です。

近江商人の古い町並みのなかに
「青い眼の近江商人」W・M・ヴォーリズ設計の洋館群が
違和感なく紛れ込む町。

信長の安土城廃城後、
安土城下から移り住んだ人々がおこなう「左義長まつり」と、
それ以前からここに住む人たちによって
(おそらく1000年以上まえから)とりおこなわれてきた
「八幡まつり」が同じ神社でおこなわれる町。

伝統と進取の気性が溶け合うハイブリッドな町は、
やはりアートも何の違和感もなく受け容れているようでした。

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by dendoroubik | 2012-09-27 12:00 | 滋賀 近江八幡 | Trackback | Comments(2)

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城端むぎや祭りの5つの街並み踊りの会場のうち、
唯一ステージ組みされているのがこの「城端駅前会場」。

城端線終点の城端駅前のロータリーに組まれたステージは
五箇山の風景(・・かな?)が描かれた幔幕が張られたりして、
なかなか雰囲気があります。

椅子が用意されているのもありがたいです。

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by dendoroubik | 2012-09-26 18:00 | ◇城端むぎや祭 | Trackback | Comments(0)

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「BIWAKOビエンナーレ」が開かれています。

使われなくなった日本家屋を中心に、
国内外の芸術家を滋賀に招へいして、
アートオブジェを展示しよう・・・という芸術祭。

2001年にはじまり今年で5回目です。

今年の舞台は、2回目から拠点となっている
近江八幡旧市街地に加えて、
同じく近江商人の町、五個荘。

通し券は2,000円とちょっと高めですが、
ふだん公開されていない家屋が見られて、
やっぱりお得です。

特に僕のオススメは、五個荘の豆光別邸と萬松園。
ふだんなかなか見学できないところです。

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by dendoroubik | 2012-09-25 22:00 | 滋賀 近江八幡 | Trackback | Comments(2)

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  名をつけようなら お小夜につきゃれ
           お小夜器量よし 声もよし


「お小夜節」に唄われる「おさよ」という女性は、
五箇山の民謡を語るうえで
欠くことのできない人物といわれます。
もし、彼女が数奇な運命を辿って
五箇山に来ることがなければ
「麦や節」が現在のようなかたちで
残ることがなかったかもしれませんし、
ひょっとしたら「民謡の宝庫」
といわれることさえなかったかもしれません。

彼女は寛文年間、
五箇山から遠く離れた能登輪島の隣町、
門前町暮坂村の貧しい百姓の娘として生まれます。

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by dendoroubik | 2012-09-24 18:00 | ◇城端むぎや祭 | Trackback | Comments(2)

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9月の第3土日に開催される「城端むぎや祭り」。

土曜日は西町通り(国道304号線)で
「じゃんとこいむぎや」というイベントがおこなわれます。

麦や節などの民謡を取り入れた
20人以上のチームの創作ダンス
・・・というのが参加用件らしいのですが、
とくに厳しい基準があるわけではないらしく、
いわゆる「よさこい方式」のイベントです。

  「じゃんとこい」

というのは麦や節の囃子言葉。

それにしても、街並み踊りや競演のスケジュールも過密で、
見られる演舞も限られているというのに、
よさこいまで見物する時間はとうてい捻り出せません><:  

ようやく会場移動の空き時間に、2チームだけ見ることができました。

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by dendoroubik | 2012-09-23 12:00 | ◇城端むぎや祭 | Trackback | Comments(4)

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町の中心を貫く西町通り(国道304号線)から
善徳寺へ降りていく坂の途中に、
町並み踊りの舞台のひとつである
浄念寺という小さなお寺があります。

反対側(善徳寺側)からですと、
御坊坂を折れて念仏坂を下りきったところにあたり、
ちょうどふたつの坂の底辺。

この坂がホールの座席のような傾斜をつくり、
見やすくてしかも背景が絵になる
「ザ・城端むぎや祭り」・・・な舞台です。

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by dendoroubik | 2012-09-22 19:00 | ◇城端むぎや祭 | Trackback | Comments(0)

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19年の役人生活を終えた柳田國男は
3年間の自由な旅を楽しみ、
いくつかの旅行記を著しています。
とりわけ『秋風帖』という旅行記が好きで
よく読み返すのですが、
明治40年、雨の城端を訪れた彼は、
そのなかで城端を「機の声の町」と表現しています。

その頃の城端は、
近代日本の花形産業といえる絹織物が盛んで、
近隣の農村から女工を雇い入れて、増産につぐ増産、
好景気に沸きかえっていました。

短い文章ながら、
活気にあふれた町の様子が眼に浮かび、
軒ごとに絹の機織りをする音が聞こえてきそうです。

城端の絹織物製造は、
善徳寺の寺内町として開町して
間もない頃よりはじまっていたそうです。
原材糸は五箇山の「曾代糸」がつかわれ、
製品は「加賀絹」として、
主に京の絹問屋へ売られたといいます。

五箇山の民謡が城端にも受け継がれているのは、
こういった昔からの深い結びつきに由来するものなのですね。

五箇山、城端、福光、金沢を結ぶ国道304号線は、
いうなれば北陸のシルクロード・・・

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by dendoroubik | 2012-09-21 18:00 | ◇城端むぎや祭 | Trackback | Comments(2)