「ほっ」と。キャンペーン

<   2009年 03月 ( 34 )   > この月の画像一覧

c0196076_175896.jpg
JR湖西線、びわ湖線を乗り継いで通勤しているので、駅に設置されている観光パンフレットにはひと通り目を通しています。
関西や北陸を中心とした観光案内が中心で、なかには書店で売っているものより充実した内容(写真など)のものもあります。
とりわけ愛読しているのが、四季毎に刊行されているJRおでかけネットの『ハイキング』と、びわ湖観光協会が制作している『大津にきています』です。
後者の2009年春号に、小関越、大関越の特集がありました。
三井寺の傍、長等神社あたりから、峠を越えて旧東海道までの8Kmほどの道が小関越えと呼ばれています。
『野ざらし紀行』で京都側から大津へ入った芭蕉が「山路来て なにやらゆかし菫草」と詠んだのは有名ですね。
小関天満宮にはその句碑(ちっちゃくて、愛らしい句碑です)もあります。
この句からきているのかどうかは知りませんが、大津市の花は叡山すみれです。
小関越と三井寺の分かれ目にこの道標が、少しアスファルトに埋もれて建っています。
(西)左 三井寺 是より半丁
(北)小関越 三条 五条 いまく満 京道
(東)右 三井寺 とあります。
その横の石柱には「かたた げんべゐのくび」とあります。「堅田の浦」を参照下さい。
c0196076_22112639.jpg

「先たのむ 椎の木も有 夏こだち」

高島の野田集落にある妙楽寺という
閑寂なお寺の境内にひっそりと建っています。
c0196076_18451837.jpg

樹齢およそ350年・・・

脇の本堂よりも高く、10m近くあります。
一重の大輪で、草津市の天然記念物に指定されています。

「熊谷」という品種で、
日本最大級の大きさということです。

落椿期には、お寺の塀の横の道路が
真っ赤な絨毯を敷き詰めたようになる
・・・みたいなことを本で読んで、
朝を狙って訪れたのですが・・・

幸か不幸か、地元の方々が
清掃活動をされていて、こざっぱりした風景でした。

でも、そういう方々の何代にも渉る努力の精華が、
この350年の大椿なのでしょう。

実際、伐採の危機とかもあったみたいです。

もっと有名になってもいいように思うのですが・・・
名木の名に恥じない風格があります。草津市川原2丁目。

同じような写真ばかりですが・・・
c0196076_1952231.jpg

桧皮葺、一間一戸の珍しい楼門(室町末期)。

兵主神というのはよくわかりませんが、
説明書によると、大和国におまつりされていたものを、
近江国高穴穂宮への遷都の際、
穴太(大津市坂本)に遷座したとあります。

その後、なぜかこの地に鎮座したといいます。

滋賀県野洲市五条566

つづきはこちらから
c0196076_23194836.jpg
「葱白くあらひ上げたる寒さ哉」
日野の観光スポットにあるので、案内板も出ていて、比較的容易に見つけることができます。
c0196076_19333199.jpg
阪急十三駅を降りて、北側の大きな通りを10分ほど進むと、右側に見えてきます。博愛社の事務所に申し出ると、快くお許しいただき、自由に見学させていただきました。日曜でもないのに、開け放たれた教会の扉も好印象です。

つづきはこちらから
中山道高宮宿は、中山道六十九次のうち江戸から六十四番目の宿場町です。
本庄宿に次ぐ中山道第二の規模の宿場といわれています。
また多賀大社の門前町としても賑わい、多賀大社一の鳥居が街中にど~んと建っています。
c0196076_22271384.jpg


つづきはこちらから
東京復活大聖堂・・・「ニコライ堂」は、 1861(文久元)年、函館のロシア領事館付司祭として来日したニコライ神父に名に由来するといわれます。
ロシア人建築家シチュールポフの設計図面を基に設計。1884(明治17)年に着工され、1891(明治24)年完成。 1923(大正12)年、関東大震災により、 大聖堂の鐘楼やドーム屋根が崩壊。1927(昭和2)年に再建工事が開始され、 1929(昭和4)に完成。
どこがどう違うのかよくわかりませんが、夏目漱石の『それから』に登場する姿とはだいぶ違っているのでしょう。
でも。高台に巷を睥睨するその威容は、それほど変っていないのではないかと想像できます。
c0196076_2151758.jpg


つづきはこちらから
花粉症・・・もうだいじょうぶかな・・・と思って近所の皇子山公園に出かけましたが・・・やはりだめでした。
ぶり返して、昼から寝込んでしまいました・・・
c0196076_19355730.jpg


あと1枚だけ
琵琶湖大橋の架かる琵琶湖のくびれの西岸、堅田は古くから湖上交通の要衝でした。
平安時代末期から江戸初期にかけ、自治都市が築かれます。
今の町並みからは想像もできませんが、強大な湖上権を背景に町は繁栄を極めていました。
芭蕉、一休、蓮如、源信、、新田義貞と勾当内侍など、その名残をとどめる史跡が散見され、三島由紀夫、城山三郎などの文学碑もあります。浮御堂は堅田のみならず、滋賀県の象徴ですね(私のカーナビは滋賀県に入ると浮御堂が現れます)

出島の灯台 珍しい木製の灯台。
c0196076_21191372.jpg


つづきはこちらから