カテゴリ:◆近江の祭 湖北( 27 )

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伊吹山の山麓には10ケ所もの集落で太鼓踊りが伝承されているそうです。

雨乞いと、その返礼の太鼓踊りが数多く伝承している滋賀県でも
もっとも濃密に分布している地域で「当目の太鼓踊り」もそのひとつ。

江戸時代にはじまったと伝えられるこの太鼓踊りは
戦前までは隣町の岡高神社で、当目町以外の集落も含め
盛大に執り行われていたようですが、その後衰微。
1970年代に保存会が結成され、10年ほどまから
当目の八幡神社に奉納されるようになったとのことです。


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八日市太鼓踊りは、江戸時代末期にはじまり
下余呉の太鼓踊りと同じように、東本願寺再建用の折り
木材運搬の道中で演じられていたこともあるそうです。

雨乞いやその返礼・・・という意味とは別に
娯楽という一面もあったのかもしれませんね。
たしかに、子どもたちの煌びやかな装束と
ちょっとアクロバティックな踊りは
いまでもじゅうぶんに目を楽しませてくれるものです。

昭和天皇の大典奉祝や皇太子ご成婚行事に出演したりと
華々しい活躍を見せていましたが
平成4年、あるイベントへの参加を最後に途絶。
その後、地元自治会が保存会を結成し
平成21年、17年ぶりに復活し湖北町八日市の大町神社で奉納。

現在は5年に一度、おこなわれているそうです。


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江戸時代に、長沢御坊の名で親しまれる福田寺(ふくでんじ)住持の摂専が
従兄弟にあたる彦根藩主、井伊直弼の計らいで
摂政関白右大臣二条斎敬の妹かね子(明治天皇皇太后の従妹)を室に迎えた際
夫人に随従してきた供方が伝えたものといわれるのがこの奴振りです。

「公家奴振り」と呼ばれるのはそのためで
一般的な奴振りにくらべて、とても優雅というかスローモーです。


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これもまたインパクトのあるヴィジュアル。

地元、木之本町金居原の八幡神社に奉納される太鼓踊りです。
春の祭礼で4年に1度奉納されてきたものだそうで
過疎化や高齢化から後継者が不足し
最近では昨年、秋にイレギュラーでおこなわれたそうですが
次回はどうなるかわからないとのこと。

こんなすばらしい行事が途絶えてしまうとしたら
なんとも惜しいことですね・・・

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4人の太鼓打ちの奇矯な装束が目を惹きます。

豆絞りの鉢巻、カルサン、手甲、わらじ姿で太鼓を胸に抱き
帯を積み重ねて左右に垂らしたセタ(背子)を背負っています。
セタには、まるで七夕飾りのように色とりどりの短冊で飾られた
2Mほどの竹が取り付けられ、踊るたびに風にはためきます。

竹の先端には御幣・・・

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何を意味しているのか、まったくわかりませんが
にぎやかに、カラフルに、そして高くすることで
豊穣への祈りをなんとか届けたいという思いの表れでしょうか・・・

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露払い、鉦打ち、瓢箪振りが、笛吹き、音頭取りの囃子にに合わせて円陣で舞い
そのまわりを、手ぬぐいを被った女性、和装の男性が踊ります・・・

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インパクトのあるヴィジュアルです!

これは滋賀県長浜市湖北町、伊豆神社で9月1日におこなわれる
八朔大祭に登場する「幡母衣(ばんばら)武者」です。

ただ、惜しむらくは、祭りでの武者行列は
大正以降途絶えてしまったのだそうです。
神社の式年や国の慶事などの際には
特別におこなわれたりもしていたようですが
その後、ふたたび途絶えて半世紀以上が経ち
昭和63年 に復活。平成20年にも一度おこなわれ
それから8年ぶりに今回「日本の祭inながはま」で披露されました。


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「日本の祭りinながはま」木之本駅前会場。
「丹生茶わん祭り」です。



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長浜市北冨田には「冨田(とんだ)人形」と呼ばれる
滋賀県ではここだけという、珍しい人形浄瑠璃が伝承されています。
毎年、定期公演などもおこなわれているそうですが、機会がなく
今回、はじめて見ることができました。

「冨田人形共遊団」が持つ14演目のレパートリー中から
披露されたのは「壽三番叟」・・・


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滋賀県にいちばん多いタイプの祭りといえば
やはり雨乞い(とその返礼)の「太鼓踊り」でしょう。
今回の「日本の祭りinながはま」でも
県内から5つのの保存会が出場していました。

「下余呉の太鼓踊り」は明治にはじまり
3度の休止を経て、2011年より再開。
一昨年には保存会も設立されたということです。
8月20日(前後の日曜日)乎彌神社の野神祭で奉納されています。

大人は登場せず、子どもたちだけで
役者と囃子をおこなう珍しい太鼓踊りです。
薄化粧の美々しい少年たちが
天を仰いだり、海老反ったりしながら一意専心に踊る姿には
どこか「祈り」のようなものが感じられました。


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ある程度の規模の町が近接していると、
お互いにライバル意識をもってしまうのはよくあることで、
滋賀県では長浜市と彦根市がその例です。

共に滋賀県を代表する観光地でもありますので、
似たようなイベントもいくつかあります。

なかでも、豊臣秀吉の出世城といわれる長浜城が
約400年ぶりに再興されたのを記念して始まった「出世まつり」と、
井伊直弼の誕生日である10月29日を中心に行われる
彦根市の「お城まつり」は双璧でしょう。

しかし「お城」というキーワードでおこなわれるとなると、
鉄筋コンクリートの再建長浜城より、国宝彦根城に分がある。
お城そのものよりも、自由な経済活動による繁栄で
華やかな文化を育んできた「城下町」にスポットを当て、
これを称揚しようというのがこのイベントです。

・・・というのは、僕の勝手な妄想です(笑)

今年で3回目を迎えます。

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