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カテゴリ:◇大津百町( 12 )

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むかしむかし・・・

唐土の金山の麓、揚子(ようす)の里に、
高風(こうふう)という、孝行者の男がおりました。

そんな風には見えないかもしれませんが、
これがその男です(笑)

ある夜・・・

 「市で酒を売れば富貴になる」

・・・という夢告があり、従ったところ、
高風はどんどん豊かになってゆきました。

つづきはこちらから
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東海道の五十三番目の宿場町、
びわ湖水運の最大集散港として栄えた大津の町。

17世紀末には、町数100カ町、人口1万8千人を越え、
「大津百町」と呼ばれた大津の市街地には、
現在も1600ほどの町家が残っているそうです。

ただ、それらの町家は多くは点在していて、
残念ながら観光資源になるような
統一的な町並みを形成しているわけではありません。

大学で地理を専攻し、
47都道府県を踏破したと豪語する、
大津市在住の友人は、

  「日本でもっとも廃れた県庁所在地は大津・・・」

と呟いていました。

そうかもしれません・・・

「大津百町」の面影を偲ぶことができるのは、
ただ大津祭の宵宮の一夜だけでしょうか・・・

もちろん、往時の「大津百町」がどんなものだったか
ということ自体が、想像の域を出ないわけですが、
西の外れに近い、旧船頭町から、桶屋町、柴屋町
(上馬場町、下馬場町)あたりを歩いていると、
あるいは、こんな感じだったのではないかな
・・・という妄想が膨らんできます。

下町の雰囲気が、とてもよく残っているところです。

つづきはこちらから
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念のために・・・

「大津百町」という言葉は、江戸時代、
港町・宿場町として栄えた旧大津の繁栄ぶりを表した言葉です。
(元禄時代の人口が、約一万八千人といいますから、
これはかなり大きな都市ですね)

江戸の八百八町・・・の八分の一くらい
・・・かどうかは知りませんが(たぶん、もうちょっと小さい) 
現在の尾花川から京阪石坂線(いっさかせん)石場駅あたりまでを底辺として、
京へ通じる逢坂を頂点とする三角形の坂の町を指し、
それでもけっこうな広さをもつ町並みを今に残します。

その「大津百町」の「昔」と「今」「未来」をテーマにした
写真展が、市街地で開催されています。

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先週の金曜日にリニューアルオープンした
旧大津公会堂へ、妻と昼飯を食べに行きました。

つづき
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蓮如上人が大津に滞在してきたとき、
そのラジカルな布教活動を快く思わない人が、
上人の毒殺をたくらんだといいます。

本願寺の焼き討ちの頃の話です。

上人が可愛がっていた犬が毒見で死んだのを哀れんで
ここに墓標として植えたのが、
このケヤキだと言われています。

先日の会社の健康診断のレントゲンで引っかかり、
休みのたびに大津日赤病院に通っています。

駐車場に入るたびに、
車のなかからこの樹齢500年以上といわれる大木を見上げます。

このあたりは古来「寺内」と呼ばれ、
各宗派の寺院が軒を並べ、
「大津百町」とは別な治政がしかれていたといわれます。
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先日歩いた丸屋町商店街を更に東へ・・・

中町通りを歩き、中央大通りの手前、
太間町を南へ折れると下村製菓所があります。

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丸屋町商店街へ、京阪京津線の走る国道161号線西側から入ります。
まもなく左手に見えてくるのは、「大津百町館」

(写真は滋賀県立大学の学生を中心とする
「チームハッケイ@大津」製作の大津百町の模型。
茶色に塗りわけられているのは町家を示すそうです)

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京阪電車京津線の走る大津の大通りの途中、東西にアーケードの商店街がつづきます。
東から丸屋町商店街、菱屋商店街、長等商店街。
昭和30年、打ちつづく不況の打開策として、菱屋町商店街に市内はじめてアーケードがかけられたといいます。
残りの商店街も次々にアーケード化。
京津線をはさんで東の丸屋町商店街は、大津祭の曳山が通るアーケードとしてもユニークですね。

菱屋商店街から長等商店街をぶらつきます。

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JR大津駅前の看板です。

大津弁・・・というのが、あるんですね。

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豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎だったころ
琵琶湖の南に「金目教」という怪しげな宗教が流行っていた
それを信じない者は恐ろしい祟りにみまわれるという
その正体は何か?
藤吉郎はその秘密を探るため
飛騨の国から仮面の忍者を呼んだ

その名は