お花見日記 2016

upしたあと、誤って削除してしまった記事を記憶を頼りに書き直しました。
コメントをいただいた方、申し訳ありませんでした・・・

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〇月△日

例年より早い開花のはじまった今年・・・

単身赴任先で地元の花見スポットを尋ねると、口を揃えて返ってきた
「夙川」という答えをたよりに、訪ねてみた3月の終わり・・・

チラホラ咲きでした。超チラホラ咲きでした(笑)


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by dendoroubik | 2016-04-07 09:00 | 福井 | Trackback | Comments(0)

北前船主の館 右近家

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敦賀の先で国道8号線と分かれ、
越前海岸沿いに走る「越前・河野しおかぜライン」

たしか、以前は有料道路でした・・・。

終点の河野の交差点で、
北陸自動車道、南条インターから伸びる
国道305号線に取って変わられ、
三国、東尋坊まで越前海岸沿いの道はつづきます。

まもなく右手に、
由緒ありげな豪華な家屋が見えてきます。

北前船主として勇名を馳せた、右近家住宅。

山々が海に迫り、僅かな平地に、
家々が帯状に密集している・・・というのは、
越前海岸でお馴染みの光景ですが、
それらとはあきらかに異なり、
河野の集落は、右近家を中心にして、
まるで「小さな王国」のような佇まいを残しています。

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by dendoroubik | 2015-01-30 13:30 | 福井 | Trackback | Comments(0)

越前三国のねじりまんぽ

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えちぜん鉄道、三国芦原線の終点、
三国港駅ちかくの「眼鏡橋」。

大正2年(1913)国鉄三国線に建設された
このレトロモンダンな橋は、
通称ねじりまんぽ(斜拱渠)の珍しい建造物。 

通常、レンガはまっすぐに積みあげられるものですが、
拱渠やトンネルなんかをつくるとき、
線路とその下の道や川が斜めに交差していると、
アーチ部分を斜めにねじって積みあげることがあり、
これがいわゆる「ねじりまんぽ」。

コンクリートによる構造物が主役になる大正時代以降は、
姿を消してしまいますが、
眼鏡橋もその数少ない例のひとつ。

全国に30例ほどしかないそうです(国登録有形文化財)。

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by dendoroubik | 2013-11-28 12:17 | 福井 | Trackback | Comments(0)

三国 天の巻

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  義理に迫りし三国の小女郎 
  涙流した思案橋    ~「三国節」~

行こか戻ろか・・・<思案橋。
なにゆえ思案するかといえば、
福井藩領の三国湊の町から、
この橋を渡ればその先は、丸岡藩領の出村遊廓。

桜町と竪町の間、辰巳川にかかるこの小さな橋が
日常と非日常の境界線だったんですね。

越前三国の観光案内には、必ず載っているこの橋。
でも、どの写真を見ても、アングルがどこか不自然。
なぜかな・・・と思ってたんですが、
橋のたもとに電柱が立ってたんですね(笑)

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by dendoroubik | 2013-06-21 12:00 | 福井 | Trackback | Comments(0)

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勝山の町をくまなく歩きまわっても、
すぐに飛び出しくんに会えたわけではありません。

お隣の県とはいえ、こうもちがうものでしょうか。 

滋賀では探そうという努力をせずとも、
自然と目に飛び込んでくる飛び出しくんの姿も、
福井へ入ると、パタリと目にしなくなります。

それもそのはず。 
人口1万人当たりの交通事故死亡者数で、
滋賀はワーストの上位・・・逆に福井は、
全国的に見ても もっとも少ない部類に入ります。 
「滋賀のように飛び出し坊やをつくらねば!」 
と思う理由はまったくありません(笑)

それでもきっとあるはず・・・と探せばやはりあるものです。

最初、この写真のキャラクターを見たとき 
「はたしてこれは飛び出しくんかな?」
・・・と確信がもてなかったのですが、
もう1体、これと同じ飛び出しくんの下に 
「飛び出し注意!」と書かれた看板が
取りつけられていましたので、まちがいありません!

それにしても、けっこう年季が入っています。 

見つけたもう1体は塗りなおされて真新しかったのですが、
このサン○オキャラクターがはやっていたのは、
たしか20年ほどまえだと記憶します。 
それ以降、勝山では新しい飛び出しくんは製作されていないようですね。

さらにもう1体 発見しましたが、
これはレディメイドのよくあるタイプ。 
しかも完全に破損していて、
まったく修復される気配すらありませんでした・・・。

予言してもいいです。 もう何年かすると、
完全に勝山から飛び出しくんはいなくなりますね・・・

(交通事故がなくなればいいだけのことで、
別に飛び出しくんがなくなっても差し支えはないのですが・・・)
by dendoroubik | 2012-03-09 18:00 | 福井 | Trackback | Comments(4)

福井 敦賀湾2

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北陸自動車道「杉津(すいつ)」P.Aから見た敦賀湾です。

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by dendoroubik | 2010-03-21 22:39 | 福井 | Trackback | Comments(0)

敦賀 疋田舟川

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北陸本線の敦賀の手前の新疋田という駅の北側、国道161号線の西側に沿う道路の両側に疋田集落があります。
街路の脇に疋田舟川という水路が流れています
江戸時代後期に、日本海を経由して運ばれた莫大な物資を敦賀港から京都へ送るために開削された運河の遺跡です。(総延長は約6.5km)
実現はされませんでしたがこの水路、琵琶湖まで開削するという壮大な計画があったようです。

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by dendoroubik | 2010-01-08 04:34 | 福井 | Trackback | Comments(0)

鯖街道 熊川宿

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滋賀県民のなかでは「鯖街道」とか「朝鮮人街道」という言葉は、日常語として生きています。

「(国道)161(号線)混んでるみたいやから、鯖街道抜けて行こか」
とか
「ああ。そこやったら、朝鮮人街道から行った方がはやいで」
とか・・・いずれも滋賀に来て間もなくの頃に聞いたアドバイスです。

「サバカイドー?」
「チョーセンジンカイドー?」

東海道、中山道、北国街道や北国海道が縦横に張り巡らされた滋賀でも、とりわけ頻繁に耳にする言葉です。

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by dendoroubik | 2009-10-18 07:12 | 福井 | Trackback(2) | Comments(6)

福井 敦賀湾

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明治政府は廃藩置県後も中央集権を強固にするため、県の統廃合を行います。
明治9年、富山、福井(敦賀)を石川県に併合させます(当時の石川県は東京より人口が多かった!)
しかし、風土や人情がことなる三県、ことあるごとに対立。
明治14年には、石川県から嶺北(越前)を切り離し、滋賀県から嶺南(若狭、敦賀)を譲り受けて(越前だけでは、財政的にひとつの県として立ち行かないため)福井県が誕生。

このときから、滋賀県は海のない県になってしまいます。
嶺南の切り売りに、当時の滋賀県は当然、猛反発・・・いまでも「江若交通」の名に憤りを留めています。

     浅井建爾『知らなかった!驚いた! 日本全国「県境」の謎』より

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by dendoroubik | 2009-07-16 07:41 | 福井 | Trackback | Comments(0)