カテゴリ:岐阜( 13 )

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今尾左義長を見た帰り、
同じ海津市平田町にある「千代保稲荷神社」
(ちよぼいなりじんじゃ)へ参拝しました。

京都の伏見稲荷、愛知の豊川稲荷とともに、
日本三大稲荷のひとつとも言われ、
地元では「おちょぼさん」の名で親しまれる神社です。

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飛騨古川の「古川祭り」へ。

朝、見ごろを迎えたという飛騨一之宮の臥龍桜に寄り道。

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なんとも工夫のない写真になってしまいましたが、
樹齢千百年というエドヒガンの老木は貫禄充分。

濃いピンクの花が風にゆっくりと揺れる姿はやはり感動的でした。

保護のために幹まわりへは立ち入れませんが、
この下で昼寝したら、平安朝の夢でも見られそう・・・。
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滔々と流れる長良川。

斉藤道三や信長も眺めただろう
金華山からの岐阜の夕焼け・・・

さぞ美しいだろうと登ったものの、
ロープウエイの最終が午後6時。 
日没には間に合いません。 
歩いて下山することも考えましたが、
ギリギリまで粘ってにロープウエイで帰りました。

安土城址から比叡山へ落ちる夕日もきれいですが・・・
ひょっとして信長は夕日マニアだったのかな
・・・とあらぬことを考えながら・・・
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「うだつ」 

江戸中期以降 防火壁としての本来の機能よりも
装飾的な意匠を凝らすことに重点がおかれ、
経済力を誇示するために競ってあげられるようになった

・・・ともいわれます。

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斜めからのアングルでわかりにくいのですが、
いまも現役で江戸時代からつづく造り酒屋・小坂家住宅は、
素人目にもすぐにわかる ものすごい むくり屋根です。 

まるでドームのように真ん中がふくらんでいます。 

真正面から見ると、この建物の異様なほどの
「丸みがよくわかるのですが、
逆光の照り返しがきつくて、うまく撮れませんでした。

屋根の両妻には、これも湾曲した鬼瓦のない
「うだつ」がつけられ、おまけに真ん中にも 
表側棟際だけ、ちょんまげのように「うだつ」がつけられています。 

桟瓦が葺かれたその洒脱な姿は 
「うだつのあがる町並み」にあっても、ひときわ目につきます。

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美濃の商家の代表的遺例として 
国の重要文化財に指定されています。

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「うだつの上がらない男」

・・・という表現はよく耳にしますが(苦笑) 

逆に 「うだつの上がる男」

という表現はあまりつかわないですね。

しかるに「うだつの上がる町並み」 

を自ら標榜する不遜な町があります。 岐阜県美濃市。

・・・と、これは冗談ですが 
「うだつが上がらない」という表現の由来をはじめて知ったのは、
美濃市の町並みを紹介したTV番組だったと記憶します。 

いまさら説明するのも気恥ずかしいのですが、
念のために記しておくと・・・うだつ (卯達・宇立)は、
火災の際に類焼を防ぐため、
隣家とのあいだの切妻屋根にとりつける防火壁のこと。 

江戸も中期を下ると、本来の実用性よりも
装飾性に重きをおかれるようになり、
商家は競って立派なうだつを上げるようになったんだとか。
 
立派なうだつを上げるには
それなりの経済的な余裕がなければできないことから 

「うだつも上げられないパッとしない甲斐性なし」 

のことを 

「うだつが上がらない」 

と言うようになったということです。

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金森長近の築いた小倉山城の城下町として、
また 長良川の船運の拠点として栄えた美濃。


その繁栄の面影を色濃くとどめる、うだつの上がる町並みは、二筋の大きな通りと、これを結ぶ三筋の横丁からなっています。 (国の重要伝統的建物群保存地区)

美しい町並みにあって、ひときはその規模の大きさ (間口の広さ!) に目を惹かれるのは、美濃市を代表する商家・今井家住宅。 現在は史料館として一般開放されています。

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吉田川のせせらぎ・・・

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      郡上八幡は魅力的な町ですね。
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「清流と名水の城下町」
観光キャッチフレーズです。

長良川最大の支流、吉田川が町の中央を流れ、その川に合流する小駄良川沿いにも、古い町並みが残っています。
川沿いの町・・・というだけでなく、町並みに沿って水路が縦横にめぐらされています。
これは、承応元(1652)年の大火で町全体が消失した苦い経験から、復興を手がけた3代藩主・常友が、4年がかりで小駄良川の上流から水を引き入れてつくらせたものだといわれます。
防火に神経質なのは、古い家屋の「袖うだつ」を見てもわかります。類焼を防ぐために取りつけられた実用的なものとはいえ、連続してつけられているその景観は、見事です。

なによりも、この町で知られているものといえば「郡上おどり」
毎年7月中旬から9月上旬までのべ32夜おこなわれるこの盆踊りは、初代藩主が「領民親睦」のため奨励したとも、、江戸時代中期の藩主が百姓一揆後の「四民融和」をはかるため奨励したのがはじまりともいわれます。

「城」はなくなりましたが、「水路」も「町並み」も「郡上おどり」も、過去に理由があってはじまったものが、いまも意味を失わずに生活に溶け込んでいること・・・それがこの町の魅力でしょうか。

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5月6日は「平日」・・・でしたが 
GWのETC1000円が適用され、
渋滞もないことだろうと、せっかくの休日、
名神、東海北陸道を利用して郡上八幡まで。

ほんとは庄川桜を見たかったのですが、
毎日開花状況を更新されているサイトを確認すると、
まだ開花さえしていないつぼみの状態。

郡上八幡を半日ぶらぶら(だらだら)観光して、
夕方、中途半端に余った時間で、
久々に白川郷まで足を伸ばしてみました。

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まずはお約束の展望台から・・・

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桜,スイセン、チューリップ・・・

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桜を見て、どこか違和感を感じてしまうのは・・・

自分のなかでは、もう今年は完結してしまっている
「桜」を改めて見ることにもよるのでしょうが、
もうひとつ、その枝の剪定のされ具合によるのかもしれません。

厳しい冬の積雪に備えて、ふつうでは考えられない
激しい剪定がされている樹が多いみたいです。

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必ず来るものだとはいえ、「春」の意味合いや重さがちがいます。
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新しい年がやってきました。

訪問くださるみなさまのご多幸と
ご健勝をお祈り申し上げます

本年もどうぞよろしくお願いいたします^^/