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カテゴリ:滋賀 湖東( 48 )

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同じ文化圏の天台宗の古刹であることで「湖東三山」と総称され、
紅葉の名所として観光パッケージ化もされている三つの寺院。

城壁のような石垣にはさまれた
(実際、ある時期、城塞化していたわけですが)石垣、
これにはさまれた長い石垣を登り、最後に仁王門をくぐって本堂
・・・という構成は三山に共通していますので、
多くの方々は後に振り返って混同してしまうかもしれません。

でも、文化財と紅葉の融合の見事さでは、
西明寺は一頭地を抜いていると思います。

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釈迦山百済寺は「湖東三山」のいちばん南にある古刹。

奈良の「百済寺」とちがい、

こちらは「くだらじ」ではなく「ひゃくさいじ」と読みます。
寺伝では聖徳太子が推古天皇14年(606年)に創建、
百済の龍雲寺にならって寺を建てたので
百済寺と号した・・・といわれます。

おそらく、これは後につくられた伝説でしょうが、
(本堂の本尊は太子自刻といわれる十一面観音。が、平安後期の作)

古代、湖東に移住してきた渡来人によって創建された寺院であることを
百済寺という寺号はあらわしているのだと思います。

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鈴鹿山系の西麓にある三つの天台寺院、
釈迦山百済寺、松峰山金剛輪寺、龍応山西明寺は
「湖東三山」と呼び慣わされています。

いずれも紅葉の名所で、10キロほどの範囲内にありますので、
>秋にはまとめて三つ巡る人が多い。

近くには同じく紅葉の名所、臨済宗の永源寺もありますが、
>四つまとめて巡ると、ちょっと駆け足になります。

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「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」 

「三方よし」は近江商人のモットー。

「右よし」「左よし」「前よし」

それはてんびん棒を担いだ
近江商人版・飛び太しくんの合い言葉(笑)
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おそらく、近年塗り直された女の子。

カラーリングはオリジナルを踏襲しているのに
これだけきっぱり別人に仕上げてしまうのは、
ひょっとしてかなり高度な芸なのかもしれません(笑)
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滋賀県でよく見かけるものといえば・・・

「飛び出し坊や」
「鍾馗さん」

そして「勧請吊り(縄)」があります。 

滋賀県に特有・・・というものではありませんが、
これだけ集中的に残っているのは、
おそらく滋賀だけかもしれません。 

集落によってかたちや行事、
呼び名さえちがうそうですが、
集落の入り口に架け渡され、
災いの進入を防ぐ・・・つまり、結界をはる
・・・という意味合いは共通するようです。 

写真の近江八幡市(旧安土町)老蘇地区では 
この縄は「まじゃらこ」<と呼ばれます。 

もともとは、集落の東西南北に張られていたものが、
明治以降簡略化されて、
集落の氏神さんの境内と、
入り口一箇所に張られるようになったところが多いとか・・・。

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集落の入り口に張り渡される勧請縄も、
両端に架ける大木がなくなったり
(あるいは、交通の障害になったり?)して、
このようにくるりと巻きあげて、
片方の木に結わえつけられるものが多くなったそうです。 

詳しい経緯は知りませんが、
こいうった習俗をやめてしまわずに 

   「巻きあげてもOK。 災いの進入は防げる!」

とする簡略化の発想がおもしろいですね~~
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訪れたときは、まだ仁王門から本堂にかけては
紅葉がすすまず、青々していました。 

慶安のころに再建されたこの門は、
正面に大草鞋がかけられ、
内側で金剛力士像がにらみ合っています。

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百済寺は鈴鹿山系の西麓、
湖東三山と称される天台寺院のなかでも、、
もっとも南に位置します。 
その寺号から、古代 湖東に定住していた
百済人と深い関わりが推し量れますが、
平安時代には天台宗に改宗し、最盛期を迎えます。 

僧坊300、僧俗1000人を越える人々が
山内に暮らしていたといいますから、驚くべき勢力ですね。 
が、たびかさなる大火と兵火、
とどめは信長の焼き討ちによって
全山が灰燼に帰してしまいます。 
そのため、湖東三山のなかでも
見るべき寺宝に乏しいのですが 
その代わり(というわけでもないでしょうが)  
「喜見院」と呼ばれる庭園からの眺めは雄大です。

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白村江の戦いに敗れた百済人が
多く移住したという湖東の平野、
太郎坊の向こうには湖西の山並み。 

このあたりを車で走っていても
比叡山はあまり目につかないのですが、
「喜見院」 の見晴らし台からは思いがけなく
正面に眺望することができます。 

改宗したのではなく、もともと
天台の寺院として正面に比叡を望む
この場所を選んだのではないかと思えるほど 
(時代が前後してますが・・・)
秀麗な姿であらわれます。

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思えば・・・叡山を開いた最澄も、
百済系の渡来人氏族出身でした・・・
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大滝神社のある滋賀県犬上郡は、
古代、地方豪族、犬上氏が勢力地盤としていた地域(の一部)・・・
平成の大合併でも独立を守った郡のひとつです。 

手塚治虫の名作『火の鳥』(「太陽編」)では、 
百済王の血を引く主人公の少年ハリマが
この犬上一族の祖として描かれていました。 

ハリマは白村江の戦いで新羅・唐連合軍に敗れ 
敵の将軍に顔の皮を剥がされ狼の顔を被せられてしまいます。
数奇な運命をたどって、
阿部比羅夫とともにに日本に漂着・・・
「犬上宿禰(いぬがみのすくね)」と名乗ります。 

むかしいちど読んだきりで、
手元に本がないのであやふやな記憶ですが、
よく考えると この漫画は
けっこう滋賀県がフィーチャーされているんですね。 
読んだ当時は まだ滋賀に住んでいなかったので
いまひとつピンときませんでしたが、そういえば
壬申の乱が後半のメインテーマになってました。

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『火の鳥』では「犬上氏」の祖は
少年ハリマ=犬上宿禰ですが、
日本神話(『古事記』 『日本書紀』では、
稲依別王命(イナヨリワケノオウノミコト。 日本武尊の第一皇子) 
となっています。 
王と「犬上」にまつわる、こんな伝説があります・・・

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山門をくぐるって左手に鐘楼、その奥に本堂・・・

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滋賀でもっともポピュラーな紅葉スポットといえば、
やはり永源寺でしょうか・・・

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南北朝のころ、六角(佐々木)氏頼が 
寂室元光禅師のために創建した寺(臨済宗永源寺派大本山)。 

氏頼の法名「崇」と「近江氏佐々木」から
それぞれ一字とって永源寺・・・

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