カテゴリ:◇小松お旅まつり( 18 )

c0196076_026529.jpg

西 町の外題は「辰巳用水命光輝 稲葉左近館之場」
  たつみようすいいのちのかがやき いなばさこんやかたのば

石田寛人氏による新作歌舞伎で、2007年のお旅まつりで十文字町が
「辰巳用水後日誉」という外題で上演していたものの再演なのだそうです。

主人公の板屋兵四郎は実在の人物で、小松出身の加賀藩の天才的土木技師。
奥能登白米の千枚田の灌漑や、金沢辰巳用水の開削でその名を知られていますが、
伝記的な事実は乏しく、
一説には工事の機密漏洩を 危惧した藩によって暗殺された、ともいわれています。

この物語では、あっと驚く奇想天外な結末が・・・

つづきはこちらから
c0196076_23573999.jpg

材木町の外題は「仮名手本忠臣蔵 七段目 一力茶屋」

子ども狂言の人気演目といえば、今でも忠臣蔵。
「碁盤太平記」なども頻繁に見ますが、
おそらくいちばん多いのはこの「仮名手本忠臣蔵」。

昨年の長浜では「九段目 山科閑居の場」
同じく米原では、今年の小松と同じ「七段目」
今年、石川県白山市で、子ども狂言ではありませんが、
「五段」「六段」の人形浄瑠璃を見ました。

最後のは例年の演目なのかもしれませんけれど・・・

つづきはこちらから
c0196076_005218.jpg

子ども歌舞伎が演じられる小松の曳山は、
安永5 年(1776) 近江長浜長浜より譲り受けた古い曳山を、
加賀の伝統工芸を駆使して改良発展したものといわれます。

それ以前にも、小松の「お旅まつり」では、
すでに曳山が造られて曳きまわされていたそうで、
その記録の初見が明和3年(1766)
そこから数えて今年が250年ということになります。

記念すべき「曳山250年」の今年、土曜日に、
お馴染みのせんべぇさんと小松へ出かけました。
現地で、達人toraさんとも合流です。

つづきはこちらから
c0196076_1639434.jpg

大文字町の芸題は「曽我十二時 揚巻助六の場」

おそらくいちばん有名な歌舞伎
「助六所縁江戸桜」などを下敷きにした
愛知県に伝わる地芝居・・・・

当日の解説によると、
京町を指導された市川団四郎師匠でさえ、
「見たことがない」・・・というほどレアなもの。

誰もが知ってるあの話・・・
でも、ちょっとずつ話がちがい、そこが面白い・・・

つづきはこちらから
c0196076_6253297.jpg

胸騒ぎがして駆け戻ったお里は、
沢市がすでに谷底へ身を投げたのを知り、
悲嘆に暮れ・・・自分もあとを追って谷底へ・・・

つづきはこちらから
c0196076_2262811.jpg

京町の芸題は「壺阪霊験記」

2013年の長浜、2014年の米原につづいて、
市川団四郎氏3年連続の壺阪寺です・・・

つづきはこちらから
c0196076_6414887.jpg

子供歌舞伎がはじまって、
来年で250年を迎えるといわれる小松お旅まつり

八基揃えのある土曜日・・・その日おこわわれる、
ふたつの当番町の子供歌舞伎、計5回を
すべて見てまわってきました(笑)

つづきはこちらから
c0196076_23494347.jpg

  入るや月漏る片庇、ここに刈り取る真柴垣、
  夕顔棚のこなたよりあらわれ出でたる武智光秀・・・

凄みをはらんで光秀<が、藪の中からが登場します。

この女の子、すごくいい目をしてました!
ドラマに出てくる品のない落語家の光秀の1000倍よかったです・・・。

つづきはこちらから
c0196076_2194889.jpg

母に責められます。
妻に詰られます。
息子の嫁からは無言の刺すような視線。

唯一の同性の息子の孝行ぶりが、
かえって批判がましかったりします。

明智光秀の三日天下を描いた
「絵本太功記」のなかでも、
「コレ!」というお馴染みの「十段目尼崎之段」・・・太十。

光秀の悲劇的な転落が極まり、
毅然とした彼が慟哭するクライマックス。

・・・そりゃあ、泣くしかないわな
・・・と同情を禁じえません(笑)

つづきはこちらから
c0196076_3421293.jpg

  巡礼おつるは 
  すげ笠姿で シュラシュシュシュ

  たずねる母さま お弓の涙よ 
  我が娘と言われぬ胸の内・・・

つづきはこちらから