カテゴリ:◇長浜曳山まつり( 49 )

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14日は、朝から各山組での歌舞伎公演が2度あり、
午後から「登り山」がはじまります。 

子供役者を乗せたまま曳山が、くじ順と反対に、
四番山から八幡宮へ向かいます。 

翌晩、お旅所から各町組へと戻る「戻り山」と対をなします・・・

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招き扇がひらひらと舞い、祭の高揚感にあふれた行事です。

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長浜曳山のクライマックス「本日(ほんび)」の15日が
今年は日曜日ということもあって、
記録に残る過去最高動員(1993年)を越える
6万人の観光客が詰めかけた・・・と新聞報道にありました。

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15日は仕事のため残念ながら見ることができませんでしたが、
14日午前中の公演、午後からの「登り山」 
夜の 「夕渡り」 を見ることができました。

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どうです! この苦味走った演技! 

小学生とは思えない
ムーディな雰囲気を漂わせていますね!

長浜曳山まつり。 
14日、呼び物のひとつ、
「役者夕渡り」 がおこなわれました。 

その日の午後、各町から
長浜八幡宮に曳き揃えられた4基の出番山から、
子供歌舞伎の役者たちが、
演目の衣装で町を練り歩きます・・・

沿道の観衆に応えて決めポーズを披露。 
喝采の大きいところでは照れ笑いをするところなんか、
子供らしくてとても可愛いのです・・・

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各町から・・・
(来年の当番山は「曳山博物館」から・・・)
次々に曳山が御旅所に集まってきます。

午後4時過ぎ・・・本日3ケ所での子供歌舞伎公演を終えた
今年の当番山が、最後の奉納をしに、御旅所へやってきます。

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北町組の「青海山」の見送り幕。

この曳山には、中国明代の官服仕立てのものと
「飛燕に波図」と「飛龍に青海波」の3枚があるそうです。

(今回は「飛龍に青海波」が掛けられています)

大人の法被が「青海波」で子供の法被が「波図」でしょうか。

曳山をきしらせながら曳行の調整
をしている人々の後ろ姿が、波のうねりのようで見事でした。

今年は、長浜市合併記念で、
全十三基中、修理中の月宮山を除く
十二基が御旅所で勢揃いしました。

非番の曳山は各町の曳山庫から、
来年の出番山は曳山博物館から、
今年の当番山は八幡宮から各例席で
歌舞伎を上演したあと、御旅所へ集まってきます。

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長浜曳山まつりは、
豊臣秀吉が長浜城の城主だったとき、
長男誕生のお祝いとして、
町人たちに砂金を贈ったことにはじまるといわれます。

砂金を元手に町人たちは曳山を建て、
長浜八幡宮の祭礼に曳き回したと。

長男誕生のまえ・・・長浜八幡宮を再興した秀吉は、
八幡太郎・源義家の「後三年の合戦」の凱旋をあらわした
「太刀渡り」という行列を家臣に命じて行わせたといいます。

後に「町年寄十人衆」に行わさせ、
観覧したと神社の由来書にあるそうです。

いわば、曳山まつりのオリジンですね。
「長刀組」(小舟町組)が引き継ぎ、
現在も15日の朝、八幡宮に行列します。

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長浜曳山まつりの見どころ
といえば、やはり子供歌舞伎でしょう。

15日の朝、長浜八幡宮での奉納を皮切りに、
御旅所までの5ケ所(鮒熊例席・金屋例席・
一八屋例席博物館・米嘉例席・札の辻例席)で、
4組の山組がそれぞれ2回、
(八幡宮と御旅所での奉納を含めて計4回)宵まで演じます。

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長浜曳山は全部で13基。

毎年そのうち4基が当番で子供歌舞伎を演じます。

14日の午後7時。
長浜八幡宮から曳山博物館まで、
子供役者が若衆とともに行列する「夕渡り」・・・。

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