カテゴリ:◆能登の祭( 25 )

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12月5日、奥能登の農家では、主人が紋付袴の正装で
「田の神様」をお迎えするために田へ赴きます。
収穫への感謝をこめて家へお招きし、風呂や御膳でおもてなしします。
(「迎えのあえのこと」)

「田の神様」は床の間の種籾俵のなかでひと冬をすごされ
翌年2月9日、いらしたときと同じように主人に歓待を受けたあと
五穀豊穣の願いを込めて、元の田へ送り出されます。
(「送りのあえのこと」)

奥能登の農耕儀礼「あえのこと」(送り)を見せていただきました。


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「飯田燈籠山」(石川県珠洲市飯田町の春日神社)が奈良にやってきました。

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初日の金曜日、いそいそと出かけてきました。
高畑の観光駐車場に車を停めて外へ出ると

  やっさー やっさー

もうお囃子が聞こえてきて心踊ります。
逸る気持ちを抑え、鹿のフンを踏みしめながら飛火野へ・・・

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春日大社の式年造替の奉祝行事で日曜日まで展示されています。

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宝立七夕キリコまつりの舞台となる見附海岸のお祭り広場には
ステージが設けられ、ご当地アイドルや地元の子どもたちの
太鼓やよさこいの演舞、民謡ショーなどが
キリコの海中乱舞のはじまる午後10時頃までつづきます・・・


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石崎奉燈祭を見た翌日は、奥能登へ。

能登の代表的景観のひとつ「見附島」のある
珠洲市宝立町鵜飼の「宝立七夕キリコまつり」。

その名の通り、旧暦の七夕におこなわれるこの祭りと
曜日でおこなわれるようになった石崎の祭りとが
連夜にわたって見られるのは、たまたまのことですが
これも長らく見たいと思っていた祭りでした。


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能登半島の最北端、石川県珠洲市。

内浦側の飯田湾にひらけた港町で毎年7月20日、21日に行われる
春日神社の祭礼「お涼み祭」
別名「飯田燈籠山(いいだとろやま)まつり」

能登の祭りといえば、巨大燈籠を担ぎまわす
キリコ(奉燈)祭りがつとに有名ですが
こちらは金箔、漆塗りをほどこした豪華な曳山と
高さ16メートルの威容を誇る燈籠山が町内を曳きまわされます・・・

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奥能登・・・石川県鳳珠郡能登町藤波。
神目神社(かんのめじんじゃ)の「酒樽返し」
という春祭りを見物してきました。

白いフンドシ姿の男衆が、
田んぼや海のなかで一斗入りの酒樽を奪い合い、
豊作、豊漁を祈願する・・・という奇祭です。

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奥能登、珠洲に幕末より伝承される民謡「ちょんがり節」。

唄と踊りだけでなく、
それがおこなわれる前段からステージで再現されます。

まず、田植えの朝、田の神様に
豊作をお願いする柄降(えぶり)祭りから・・・。

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今から約700年前、能登地方に旱魃がつづいていた頃、
現在の七尾市北東の崎山半島の突端に位置する鵜浦(うのうら)で、
雨乞いのためにはじまったとされる豊年太鼓。

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能登の「キリコ祭り」「奉燈祭り」に登場する太鼓には
いいものがたくさんありますが、
太鼓だけが独立して著名になったものといえば、
やはり、この「御陣乗太鼓」が代表格でしょう。

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末社全てが「参入」し終え、
これでしばらく落ち着くのかな・・・
と思いながら神社前に目をやると・・・

そこには、各集落(末社)の猿田彦が、
一堂に会しているではありませんか!

正直、この展開には度胆を抜かれました。

まるで、猿田彦版 WE ARE THE WORLDです(笑)

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