高砂神社 秋祭り 神幸祭 後篇

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播磨の秋祭りでは「神幸祭」が多くおこなわれているといいます。

神霊を御輿に遷して氏子町内を渡御し、夜には還御することが「神幸」ですから
御輿の出てくる祭ではすべて「神幸祭」の一種ということができると思います。
だから、それ自体は珍しいものではありませんが、一見その情緒には独特なものがあります。

一ツ物やシデ振り、芸子、屋台といった「賑わいもの」もよそ者には物珍しく映りますが
「神霊の御幸」というありふれた物語にそれらが絡む、その絡み方が独特なのでしょう。




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複雑に絡み合ったその結び目を解きほぐすことは僕にはできませんが
高砂の「賑わいもの」にはすっかり魅了されてしまいました。

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頭人式が終了すると、御旅所まえの道路で御先司の車楽(だんじり)が
猛スピードで前進と後進を繰り返す「引き戻し」がおこなわれ、渡御の再開が告げられます。

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御旅所では御輿振りとシデ振り。 出発です。

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「千歳楽じゃ 万歳楽じゃ」・・・しばらくすすんで「御輿振り」

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・・・と、ここでまた休憩です。

予定表を見ると、御旅所出発が午後4時、神社への帰着が6時とあります。
2キロにも満たない復路に2時間かけるわけですから、ほとんどが休憩です。

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さあ盛りあがるぞ・・・と勇んでいたのでしょうか、男の子が
「こんな長い休憩 要らんねん!」とボヤいていて笑ってしまいました。

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今年は船渡御(3年に一度)がない年なので、時間がゆったりとあるのでしょう。
御先司の幟や猿田彦は「もうちょっとゆっくりでええぞ」と何度も制止されていました。

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神社まえでは町衆と屋台が御輿の到着を待ちます。

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日暮れとともに、御先司が帰着します。

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御輿も還ってきました。

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神門まえで御輿振りがおこなわれたあと、シデ振りの子供たちのあいだを通って御輿が本殿に到着。
ここからが「一ツ物神事」のハイライトになります

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御幣持ちが神前でいくつかの所作を繰り返し礼拝。

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御幣は縄で束ねられ「奉幣人」をつとめる一ツ物の父親の手に渡されます。
これを正面東の本殿屋根上に放り投げて奉納するのが「御幣上げ」。
御幣が無事屋根の上にのるかどうかで一年の吉凶を占うというものです。

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責任重大で、緊張する場面ですが、さすがに立派につとめあげておられました。

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このあと神霊が還り、御輿を倉に納める儀式になりますが、神社まえの練り場の方へ。

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勇壮に屋台練りがおこなわれています。

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日中はそれほどではありませんでしたが、規制線の張られた練り場には十重二十重の見物人。

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屋台は一基ずつ町へ帰ってゆきます。

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その屋台のまえで本日最後の芸子の芸が披露されてゆきます。

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どういう規則があるのかわかりませんが、二台練り、三台練りと盛りあがってゆきます。

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はじめて見る祭りは、たいていあらかじめ抱いていたイメージが揺らぎます。

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だいたいこんな感じだろうという大枠は外れることはあまりありませんが
たとえばこの祭りですと、屋台(ヤッサ)の思いもかけない大きさだとか
シデ振りの子供たちのダンスの、勇ましいのにあまりにも愛らしい仕草とか
自分の貧弱な想像力を快く越えてしまうものがいくつもありました。

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「だいたいこんな感じだろう」というイメージを追認するだけなら
わざわざ祭りに出かける必要なんかないかもしれません。
想像力を快く裏切る「事件」に遭遇することが、自分にとって祭りを見る意味です。

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そして、何度も足を運んでしまうのは、わかっているはずなのに
またもやイメージが更新されてしまう祭りです。 この祭りもそうかもしれません。

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まだまだ盛りあがっていましたが、午後8時頃に高砂神社をあとにしました。

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Commented by tad64 at 2017-10-15 07:18
おはようございます。いつも私のブログにお立ち寄り下さりありがとうございます。
この神輿の造り(化粧回し等)は凄いですね!
しかも大きいので何とも迫力満点です♪
ストロボ無しでこれだけ鮮明に撮られており見事な写真です。
担ぎ手の方々の掛け声が聞こえてくるようです。
Commented by dendoroubik at 2017-10-15 07:52
☆タッドさん

実はストロボを持ってけばよかったと後悔してました(笑)

御輿屋台の煉合わせは翌日の例大祭の方が本番のようでしたが
この日もいくつか見ることができ迫力満点でした
地方によっていろんな祭りがあり 
まだまだ見知らぬ情緒があるものだなと感心しきりでした

Commented by hanashigai at 2017-10-15 20:00
一日をしっかり取材されたのですね。
会場の熱気と賑わいが伝わってまいります。
この盛大で体力勝負な祭りを真夏にやってしまうと、祭衆もクラクラしそうです。
秋祭りだからこその迫力なのかも知れません。
幼い子供が祭りに参加しているのを見るとホッとします。
Commented by dendoroubik at 2017-10-15 21:46
☆放し飼いさん

一日しっかり取材した・・・というお言葉
すごく光栄に感じ うれしく思いましたが
冷静に考えたら 一日ウロウロ楽しんでただけでした(笑)

神幸祭だから待ち時間は覚悟してはいましたが
御輿が神社に還ってくるまでの時間にはさすがにシビレを切らしてしまい
ビールの自販機のボタンを押した回数は もう忘れてしまいましたw
いや 町衆がボタンを押す回数はさらに頻繁でした

僕がここで商売ができるなら ワンカップの自販機を設置するでしょう
(たんに自分が欲しかっただけ ^-^;)
by dendoroubik | 2017-10-15 01:26 | ◆播磨の祭 | Trackback | Comments(4)