大阪せともの祭

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大阪の中心、船場。真宗大谷派難波別院南御堂の西隣に鎮座するのは
摂津一宮を称する「坐摩」神社。 「いかすり」神社と読みます。

7月21日に夏季大祭宵宮祭、22日に夏季大祭
23日には境内社、陶器神社の例祭がとりおこなわれ
この3日間「大阪せともの祭」と称して「茶碗供養神事」や陶器市
太鼓奉納や神楽奉納、ジャズコンサートといった神賑行事がおこなわれます。




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陶器神社を覗いてみると、天井画の代わりに(?)お皿が埋め込まれていたり

燈篭が有田焼だったり、至るところに陶器がフィーチャーされていて楽しい。


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向かいには舞楽『万歳楽』のワンシーンを表現した陶器人形が開帳されていました。(トップの写真です)


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今年「大阪府陶磁器商業協同組合70周年記念」として陶器人形の新作がお披露目されていました。
近江「大津絵」の画題「藤娘」ですが・・・どこか近江出身のお騒がせ女優に似ているような(笑)

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「陶器神社」の由緒については、大阪弁の解説看板が掲示されていてわかりやすかったので引用します。


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「陶器神社は昔、信濃町にあった石灰商の屋敷のあった火防の御利益が有名な愛宕山の将軍地蔵さんやった。
昔の瀬戸物屋はせともんが割れんおうにわらで包んだんやけど、火がついたらよう燃えるから火を恐れた。
ほんで愛宕山の将軍地蔵さんを信心したわけですわ。
瀬戸物屋が夏の地蔵会に蔵ざらえではんぱもんの安売りを始めたんがせともの祭りの始まり。
江戸の初めの延宝年間の頃や。
それが明治の御一新で仏教行事がすたれてしもて、
当時の知事さんが伝統を消したらあかんと、今度は神社として陶器神社ができたわけや。
今の神さんは大陶祇神(おおすえつちのかみ)と迦具突智神(かぐつちのかみ)。
やきもんの神さんと、火の神さんを祀ったんや。
富岡鉄斎の「火要鎮の御札」が有名やから台所に祀ったらえぇわ。」

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1月「お弓神事」の日に訪ねた御霊神社もすぐ近く。

明治時代、歌舞伎狂言をもじった趣向の「俄(にわか)芝居」が
このふたつの神社でしきりに小屋をかけしのぎを削っていたといいます。
新喜劇の元祖みたいなものでしょうか。
また、初代の桂文治が座摩神社で開いた咄の席が
上方落語の寄席興行の始まりともいわれ、顕彰碑が建てられています。

いまはあまりそういった雰囲気は感じられませんが
かつては大阪の笑いの芸能の中心地のひとつだったんですね・・・

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Commented by otti468 at 2017-07-25 21:44
此処って別名”陶器神社”って言われていたところですかね~
昔現役の頃は時々寄っていましたが・・・
もしそうでしたら懐かしいですね(^0^)~
Commented by dendoroubik at 2017-07-26 21:06
☆ottiさん

「ざまさん」って呼び慣わされているそうですが
摂社の陶器神社の方がいまはむしろ有名ですから
そんな風に言われることもあるんでしょうね~~
船場の商社ビルのあいだの静かな神社でした・・・
by dendoroubik | 2017-07-23 23:29 | ◆摂津の祭 | Trackback | Comments(2)