近江八幡左義長まつり 2017 その2

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「400年つづく」・・・という言いまわしは
たいていの祭りではその伝統の長さを誇る常套句として使われます。

ところが「近江八幡左義長まつり」に限っていえば
この祭りの「新しさ」を表しているようにも響きます・・・




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18歳にして近江43万石の領主に任ぜられた豊臣秀次は
信長亡き後の安土城下の人々を近江八幡に移し城下町を開町。

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旧市街地の町割りや八幡堀は、その当時のまま・・・

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八幡山城の麓、日牟禮八幡宮で新町民が見たものは
その時すでに1,000年以上もつづけれていたという壮麗極まりない松明まつり(「八幡まつり」)・・・

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魅了された新町民たちは、松明まつりへの参加を申し出ますが
新しい松明を立てる場所がなく、また新参者故断られ
やむなく、1ケ月時期を早めて、安土城下でおこなっていた祭り
「左義長まつり」をはじめたのがこの祭りの起源といわれています。

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同じ神社で、1ケ月ちがいで規模の大きい火祭りがおこなわれるのはこのような理由です。

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この祭りの「踊子」(左義長を担ぐ若衆)が奇抜なメイクや装束
ときには女装もするのは最近にはじまった風ではないそうです。

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安土城下でおこなわれていた左義長まつりには仮装をした信長も躍り出た
・・・という伝承があり、その古事に因むものだと説明されています。

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戦前の映像を見ても、カブいた格好の踊り子が登場し
揃いのハッピや特攻服といった現在の姿は、むしろかなりおとなしくなったと思えるほどです。

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この祭りを眺めていて、400年以上まえにはじまったとは思えないほど
若々しいエネルギーを感じるのは 「八幡まつり」との関係で
「新しい祭り」という立場に居つづけることと関係があるのかもしれません・・・

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Commented by sotomitu at 2017-03-17 16:56
こんにちは!
やっぱりいらしてましたね。^^
祭りらしいお写真の数々・・・流石ですね!
私は不完全燃焼で終わりました。^^;
Commented by dendoroubik at 2017-03-17 17:32
☆sotomituさん

ご覧の通り写真はデタラメですけれど
「祭り愛」だけは伝わったでしょうか(笑)

お天気もよくて朝から晩まで楽しませていただきました
おかげで一気に花粉症にやられてしまいました (>∼<
by dendoroubik | 2017-03-17 00:58 | ◇近江八幡左義長まつり | Trackback | Comments(2)