大覚寺節分会 身振り狂言

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兵庫県尼崎市の古刹、大覚寺では
かつて狂言が奉納されていたそうです。

同寺で発見された絵図には
天保11年におこなわれた奉納狂言の模様が描かれており
その後、途絶えてしまったのを惜しむ有志が集まって
京都壬生寺の指導の下、昭和28年の節分会から復活。

毎年「大覚寺身振り狂言」と称して上演されています。




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阪神尼崎駅前の城址公園内では、来年(平成30年)完成予定で
昨年末から尼崎城天守閣の「再建」がすすんでいます。
某家電量販店の創業者の全額寄付によるものだそうです。

尼崎城は、大坂の陣後の1617年(元和3)幕府の命により
譜代大名の戸田氏鉄によって築城された近世城郭。

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築城の際、大物周辺の寺院や藩主ゆかりの寺院などを
城下町の北西隅、武家屋敷の北側に集めて形成されたのが寺町。

往時あった20ケ寺の寺院も、藩主の移封や廃寺などにより現在は11ケ寺。
城郭自体も、明治6年の廃城令により破却されてしまいましたが
寺町界隈だけが、まわりの商工業地帯からは隔絶されて
まるでそこだけ切り取られたように、城下町の面影を残す別世界・・・

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大覚寺も、このとき大物から現在地に移転。
かつての広大な寺域とはくらぶべくもありませんが
尼崎藩の御祈祷所としての役割を担ってきたといいます。

ちなみに大物は、阪神電車で一駅大阪寄りです。

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節分の日にだけ授与されるという「開運昆布だるま」

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行くまで知らずにいたのですけれど
境内に「からくり堂」と呼ばれる建物があり
2階部分で機械じかけのからくりが上演されていました。

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世阿弥の『芦刈』をテーマにしたもので
1階には、夫婦が芦を刈る人形が据えられています。

でも、なぜ『芦刈』が・・・?

『芦刈』の舞台「津の国の日下の里」がどこか不明なのだそうですが
尼崎・・・大覚寺のあった「大物」という説があるそうです。

京都の祇園祭の「芦刈山」のご神体の背後の松の梢に
三日月がかかっているのは、大覚寺の開基「月峯寺」を想起させる

・・・というような説明文が境内に掲げられていました。

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修験者が烏天狗に変わります。

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芦を刈って売ることを生業とする貧しい男。

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そこへ場違いな御所車・・・

なかから現れたのは、故あって別れたかつての妻。
妻は京へ上りさる高貴な人の若君の乳母となって出世しています。

能楽では、夫婦がめでたく再び結ばれ打ち揃って都へ向かいますが
このからくりは『芦刈』の原典『大和物語』を下敷きにしているのか
女は男に立派な着物を与え、去ってゆきます。

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豆まきのあと、狂言1回目の狂言がはじまります。
この日は、4番組が2回ずつ上演されていました。
上演時間はそれぞれ40分ほど・・・

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「身振り狂言」の名が示す通りセリフは一切なく、鉦と締太鼓の囃子のみで進行します。

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ウソばかりついて閻魔の不興を買い
舌を抜かれたうえに釜茹でにされ、鬼に喰らわれた男が
憐れに思った地蔵菩薩によって救われる『閻魔庁』

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『節分厄払い』は壬生狂言「節分」とほとんど同じ内容です。
節分の日の後家と鬼との智恵くらべ・・・やっぱり女が強かった(笑)

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『大物之浦』は能楽『船弁慶』に材を採った狂言。

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もともと大覚寺がこの物語の舞台、大物にあったことからの上演でしょうか。

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『橋弁慶』は、御存じ五条大橋上での弁慶と牛若丸の物語。
千人斬りを弁慶の所行とする、お馴染みの物語とはちがい
もとになった能楽の通り、牛若丸が大暴れをしている設定です。

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by dendoroubik | 2017-02-06 07:00 | ◆摂津の祭 | Trackback | Comments(4)
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Commented by otti468 at 2017-02-06 11:35
尼崎の大覚寺・・・存じ上げませんでした^^;;~
嵯峨野にしかないのかと・・・
こちらの大覚寺、歴史はありますね~('-'*)
Commented by dendoroubik at 2017-02-06 14:23
☆ottiさん

寺伝では推古朝の創建とありますので
嵯峨野の大覚寺よりも歴史があることになりますが
再興されたのが13世紀 17世紀に尼崎に移転
伽藍も明治に焼失して昭和の再建ですので
古寂びた趣きこそありませんが
寺町の風景は幕藩時代の風情を彷彿とさせるものがありました
Commented by deepseasons at 2017-02-06 14:49
はじめまして。
尼崎でもこんな行事があったんですね。
芦刈山や閻魔庁など興味深いお話満載です。
そう言えば、近松門左衛門も尼崎との関わり深いですよね。
Commented by dendoroubik at 2017-02-06 15:47
☆deepseasonsさん

はじめまして!

昨年に兵庫県に仮住まいをしてから
いままで目につかなかった行事へも
足が向くようになりました
おっしゃるように近松は尼崎とも縁が深く
10月には墓のある広済寺で「近松祭」があり
浄瑠璃人形による墓前供養や
子どもたちによる浄瑠璃の奉納がある
ということもこちらに来てはじめて知りました

入場制限のかかるほどの人気の壬生寺には
くらぶべくもありませんが
大覚寺の狂言も ほのぼのとした雰囲気のなかに
見ごたえのある演目揃いでとてもよかったです

コメントいただきましてありがとうございます!