勝山左義長まつり 2017 つくりもの

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「勝山左義長まつり」では各地区にそれぞれ
古道具などでその年の干支を表した「つくりもん」がつくられ
祭りの期間中、展示されています。コンクールなんかもあります。
傍らには時事風俗を風刺したり世相を詠みこんだり
洒落を利かせた狂歌(書き流し)か添えられています。

でも、なぜ左義長まつりに「つくりもの」が飾られるのでしょうか?

『祭りのしつらい -町家とまち並み-』(岩間香・西岡陽子編著)
という本を先日たまたま読んでいると、現在残っている「つくりもの」は
左義長や地蔵盆など御霊鎮送の風流祭りに集中しているとありました・・・




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その本によると「つくりもの」は近世後期、祭礼の奉納物として
大坂、名古屋、金沢といった都市で流行したものだとされています。
神の目を楽しませることが目的ですが、同時に人の目を驚かそう
という意図が、多くの見物人の集まる都市で流行した理由とされています。

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曳山のうえに載せて巡行する造形物とのちがいは
祭りが終われば取り壊されるか、本来の用途に使用されること。

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都市での流行は近代の早い時期に収束し
地方へと伝播して年中行事に取り込まれ定着したといわれます。

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滋賀県大津市【坂本の地蔵盆】

なぜ、左義長や地蔵盆など御霊鎮送の風流祭りに
「つくりもの」がつくられるのか、この本には説明はありませんが
「地蔵盆」の「つくりもの」は供物が変化したものであることは容易に察しがつきます。

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たとえば僕がいままで見た「つくりもの」のなかで
富山県高岡市の「福岡つくりもんまつり」も
もともとは地蔵まつりのお供えが発祥といわれています。
  
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  熊本県宇土市の「宇土地蔵まつり」
  滋賀県野洲市の「行畑地蔵まつり」なども
  その名の通り、お地蔵さんの縁日におこなわれるものです。

  これは僕の妄想ですけれど・・・

  地蔵盆のお供えが「つくりもの」に変化していったのは
  親より先に亡くなって賽の河原で迷う子供をなぐさめよう
  ・・・という思いがあったのかもしれません。

  現在「つくりもん」の伝統がつづくのは富山から鹿児島まで、50ケ所余り。
  「地蔵盆」「地蔵まつり」の風習と結びついたものが多いということでしょう。

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一方、左義長の「つくりもの」ですぐ思いつくのは近江八幡の左義長まつりです。

こちらでは「つくりもの」ではなく「ダシ」と呼ばれますが
食材のみでつくられた干支の動物はまさに「つくりもの」・・・
半円球の台座につくり込まれた干支のダシと
「十二月」と呼ばれる赤紙の御幣を松明に取り付け
前後に棒を通して担ぎまわし、最終日の夜には燃やされてしまいます。

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「つくりもの」は基本的に据えものが多く
山車などに載せられる例は少ないとこの本にありますが
そんな数すくない例のひとつといえるかもしれません。

「左義長」と「つくりもの」が合体したものだでしょうか・・・?

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勝山の「つくりもん」はどこか俳味のような趣きの感じられる
古道具によるシンプルな「見立て」で
江戸時代からつづく「勝山にわか」の流れを汲むものといわれます。
勝山からもそう遠くない、岐阜県飛騨高山や古川では
国の慶事のある際に「つくりもの」が製作、展示されるそうですが
写真で見る限り、勝山の「つくりもの」の趣きと似通っています。

左義長には地蔵盆のような特定の供物というものはありませんが
歳神への献納・・・として行事に組み込まれていったのでしょうか・・・?

by dendoroubik | 2017-03-06 08:34 | ◆祭り | Trackback | Comments(0)
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