国津神社 王の舞 後篇

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神輿が馬場(地域文化館まえ)に到着すると、ここをその御旅所として、「王の舞」「田楽」「田植えの舞」がおこなわれます。




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はじめに「王」の舞。赤い狩衣と括袴の青年が、鼻高面をつけて威儀を正します。

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「王の舞」の起源は、舞楽「蘭陵王の舞」・・・とする説もあれば
ニニギノミコトの天孫降臨の案内役、猿田彦命を表したものだといわれます。

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その名の由来は「蘭陵王」の省略説のほかに
舞手の発する「オ」という音から転訛したともいわれ、けっきょくのところよくわかりません。

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平安末期の「年中行事絵巻」に描かれた王の舞の姿は、いまも若狭に伝わる王の舞の姿に似ているのだそうです。

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また、王の舞のおこなわれる地域が、京や大和の大社寺の荘園だった地域と重なることから
それら領家の祭礼や芸能を模して若狭の荘園に遷されたものと考えられています。

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若狭の国で、もともとどれだけの「王の舞」が演じられていたのかはわかりませんが
いまでも16もの地域で伝承されていることに深く敬服させられるばかりです。

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この舞に想像力を掻き立てられるのも、きっとその伝承された時間の長さが背景にあるのでしょう。

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田楽と田植の舞がはじまります。

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順におこなわれるのかと思っていたのですが、相和するように演じられてゆきました。

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最後はよく理解できませんでした。
なにか慌てた風に、王が神輿の反対側に身体を移すところだけが目に入りました・・・

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ふたたび行列をなして神社へ・・・

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田植えの舞の青年の烏帽子に取りつけられていた巻紙が解かれてゆきます。

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清水さんに教えていただいたところによると、これは恋人の名前が書かれているのだそうです。
とすると、2枚下げられているのは二股? ・・・って、そんなことないですね(笑)

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天満宮まえに安置された神輿の後ろで1回目の「王の舞」がおこなわれます。

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1回目以外はフルで舞われませんが、計3回の王の舞がおこなわれます。

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国津神社前で2回目の「王の舞」がはじまると、天満宮まえで田楽、国津神社まえで田植え舞がはじまります。

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王の舞、田楽、田植え舞の3つのリズムがピッタリ揃い、3回目の王の舞が終了すると・・・

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王の舞がやにわに駆け出し、田楽、田植え舞が全速力でそれを追いかけます。

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王の舞を突き倒すことができたら、その年は大豊作。そんな言い習わしがあるのだそうです。
そういえば、以前見た宇波西神社の王の舞でも、舞の途中で、王の舞を引き倒そうとする人の乱入がありました。

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村立ちから3時間足らず。 時間だけでなく、移動距離も限られているにもかかわらず
この祭りは、とても壮大なスケールが感じられました。
前半に、同時に異なる場所で行事がおこなわれ、後半ではそれがひとつに収斂してゆく、かと思えば
ラストにカタストロフィ・・・そんなストーリー構成が、人を惹きつけるスペクタクルを生むのでしょうか。
理解を阻む風変りな行いが鏤めていたり、古風な装束で統一されているところも要因かもしれません。

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日曜祝日に祭礼日を変更するところが多いなか、頑なに4月3日という日付にも拘りつづけています・・・
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Commented by 清水 at 2016-04-08 22:42 x
伝統・伝承の起源ははっきりしないものが多いですね
それが却っていろんな想像を掻き立て
ロマンを生むのかも

今日は宇波西神社まで行ってきました
隣のカメラマンとお話をさせていただいたら
滋賀県大津市の方で
ゲジデジ通信の影響を受けて
お祭りの写真を写すようになったと言っておられましたよ
Commented by dendoroubik at 2016-04-09 15:10
☆清水さん

祭りの起源なんて きっとわからないものなのでしょうね
それでもあれこれ妄想をめぐらしてしまうのは
学術的な興味というよりも・・・たとえば
通学電車で見かけた女の子の名前とか 生年月日とか
彼氏がいるのかとか 家族構成・・・なんかを知りたいという
無益な情熱に近いものなのかもしれません(笑)

教育委員会がまとめた祭りの報告書がつまらないのは
そういう不埒な欲望が欠けているのと
なにごとかを成し遂げたという無根拠な奢りがハナにつくからです
何かを知ったからといって 
その恋が成就するわけではないのに(笑)

これから2ケ月ほどは春祭りのピークですね
清水さんや 大津市のカメラマンさんに どこかでお会いできるでしょうか・・・
by dendoroubik | 2016-04-08 22:07 | ◆若狭の祭 | Trackback | Comments(2)