飯田燈籠山祭り

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能登半島の最北端、石川県珠洲市。

内浦側の飯田湾にひらけた港町で毎年7月20日、21日に行われる
春日神社の祭礼「お涼み祭」
別名「飯田燈籠山(いいだとろやま)まつり」

能登の祭りといえば、巨大燈籠を担ぎまわす
キリコ(奉燈)祭りがつとに有名ですが
こちらは金箔、漆塗りをほどこした豪華な曳山と
高さ16メートルの威容を誇る燈籠山が町内を曳きまわされます・・・



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この祭りがはじまったのは寛永年間の初期、
といいますから、400年近い歴史があることになります。

暑気いちじるしい土用入りの頃、
春日神社の七柱の神々に町へ夕涼みを
お出まし願ったのがはじまりといわれます。

海のそばで神様がお涼み(禊)をされ、
穢れを祓い、神社へ戻るという夏越しの神事です。

当時、町の人々は、神霊を遷した榊神輿を
賑やかにお迎えし、山車をつくって
町内を曳きまわしたのだといいます。

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そのときの曳山が、
どのようなものであったかはわかりませんが、
いつしかそれは、竹細工の紙張り人形載せ、
その中にろうそくの明かりを点しながら、
曳きまわすものになっていったようです。

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文化11(1814)年・・・

それまでの曳山にモノ足りなさを感じた人々は、
白木造の屋台や人形などを重ねあげた
14,5メートルもある巨大な曳山をつくりあげ、
以降、各町内は競うように、豪華な巨大燈籠山を
仕立てあげていったのだそうです。

ところが、大正時代、電線の架設工事がはじまり、
曳行が困難になると、巨大燈籠山は影を潜め、
上部を取り外した曳山だけが巡行するように。
やがて昭和のはじめ頃には、
子どもの手踊りなどが祭りの主流となって、
曳山行事じたいが廃れかけたそうです。

戦後、昭和40年代には、各町が競うように
金箔、漆塗りをほどこした豪華な曳山を新調し、
8基が曳揃えられるようになります。

そして、昭和58年、
往時の燈籠山を復活させようと
有志達が燈籠山1基を復元。

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その後、 南濱町の燈籠山人形が復活。
3基目となる南町 の燈籠山人形が復活した年には、
念願だった幹線道路に跨る架線の撤去も実現。
春日神社を基点に町を一周曳行できるように・・・。

吾妻町、今町、鍛治町、栄町、西大町、港町
すべての曳山が、かつての勇壮な燈籠山に
復活する日も遠くないかもしれません・・・。

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キャーラゲ(木遣り)がしみじみと響き渡ると、
笛、鉦、太鼓の祇園囃子が鳴り響き・・・

  ヤッサーヤッサー サー ヤッサー

囃子詞も勇ましく、巡行がはじまります・・・

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能登の祭りの解説を読んでいると、
必ずといっていいくらい登場するのが・・・

  盆正月には帰省できなくても、
  祭りには帰ってくる

・・・というフレーズです。


たしかに、能登の祭りを見ていると、
祭りにかける人々の気迫のようなものと、
心底、楽しんでいるその様子の強度がちがいます。

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なによりそれは、人々の「いい顔」に顕われています。

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20日は、午前中に町内を巡行。

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午後、曳山と燈籠山は春日神社へ曳揃えられてゆきます。

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神社から榊神輿が
おすずみの場所(御仮屋)へ向かったあと・・・

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夕刻、曳山、燈籠山は、吾妻橋へ向けて、
「燈籠山通り」を曳行されてゆきます。

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こちらの燈籠山は、観光客でも
飛び込みで曳かせてもらえます。

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  ヤッサーヤッサー サー ヤッサー

この囃子詞の意味はわかりませんけれど、
おそらく「弥栄」の転訛でしょうか・・・

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陽が完全に落ち切った午後8時、
河口付近に架かる吾妻橋に、
すべての曳山、燈籠山が曳揃えられました。

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吾妻橋のやや上流の中州に、
三脚を立てて写真を撮っていたのですけれど、
曳揃られた橋のうえではお囃子も賑やかで、
右岸の橋のたもとに設けられたステージでは、
子ども連中の舞台などもあり、楽しそう・・・
気になって仕方ありませんでした(笑)

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午後8時半、岬から花火が打ち上げられました。

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東北から北陸にかけての日本海沿岸には、
巨大な行燈神事が犇めいています・・・。

灯籠行事自体は、日本各地でおこなわれていますが、
下北、津軽半島から能登半島にかけての密集度は、
やはり特異なものだと思います。

飯田燈籠山のルーツは不明だそうですが、
北前船による東北文化の伝播がなかった、
と考えるのは不自然ですね・・・

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花火が終わると、ふたたび曳行がはじまります。

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翌21日は付祭として、氏子8ヶ町が終日合同運行。

燈籠山の曳行はなく、ほとんど観光客もいませんが、
人々が祭りを楽しむ風情は、
むしろ2日目の方が印象深かったです。

各町に設置されたステージ横まで来ると、
子どもたちの演舞があります。
写真は西城秀樹の「ヤングマン」(笑)

曳行は深夜までおこなわれ、
解散式典はほぼ朝となる場合が多いそうです。

翌日、仕事のため、午後3時頃に撤収しましたが、
夜を徹しておこなわれる祭りのその楽しさは、
見ていなくても容易に想像がつきます・・・
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Commented by ei5184 at 2015-07-26 08:49
へえ~、これは初めて拝見しました! 
大きくて見応えもありそうですね~
しかも祭り美人が気軽に撮影に応じてくれそうですね(笑)
そして何よりも興味を持ったのが、観光客が 少ない!!
来年のカレンダーに印しをしておきます。
Commented by dendoroubik at 2015-07-26 09:36
☆eiさん

交通の便がよくないことや 
宿泊施設が少ないこともあって
能登の祭りは その内容のすばらしさの割には
どこもあまり観衆が多いとはいえません
北へ行くほど その傾向は顕著なようです
僕は小一時間かかる輪島に宿泊したのですけれど
花火撮影で隣り合わせた男性は名古屋からお越しで
車中泊だとおっしゃっていました

飯田の燈籠山や 宝立七夕まつり
能登町の宇出津あばれ祭り 七尾市の石崎奉燈祭など
どれも期待を裏切らないすばらしいお祭りですので ぜひ!
Commented by mahoroba-shahai at 2015-07-26 11:17
学生時代に、能登半島を時計回りに一周しました。
懐かしいです。

>高さ16メートルの威容を誇る燈籠山
水面に映る燈籠山がとても綺麗ですね!
そこに花火が加わり、なんとも豪華な祭りですね。

Commented by dendoroubik at 2015-07-26 11:38
☆まほろばさん

行けども行けども海と山ばかりで 他に何もないのに 
なぜか豊穣を感じてしまうのが 能登ですね
そこで行われる祭りもまた 魅惑に満ちていて
とはいえ遠すぎて1年に1回だけと決めているのですけれど
能登にはキリコ祭りが 200ほどもあるそうで
このペースでいくと すべて見終わるには
あと200年くらいはかかってしまいそうです(笑)
Commented by shinrajuku at 2015-07-26 12:37
こんにちは。
燈籠山と大輪の花火をおさえた1枚目ほれぼれしますね~。
祭りのために電線を埋めてしまう心意気、
これまたほれぼれしちゃいます。

dendoroubikさん、がんばってあと200年生きてくださいよ!!
Commented by dendoroubik at 2015-07-26 13:20
☆shinrajukuさん

さすがに200年は生きられませんけど(笑)
200年後も飯田の人びとが

ヤッサーヤッサー

・・・とやっててくれてたら嬉しいですね

架線のためにキリコの高さを詰めたところが多いなか
和倉温泉近くの石崎でも電線を地中化したり
高く架線したりして巨大奉燈を担げるようにしています
景観問題が論じられるとき どちらかといえば
観光収益や経済効果を期待した話になるのを
ちょっと 胡散臭く感じてしまうんですけれど
祭りの運行のためだけに無電線化してしまう壮挙には
ただただ喝采です\(^o^)/
Commented by maturi-baka at 2015-07-26 22:05 x
dendoroubikさんこんばんは
燈籠山いかがでしたか? 6月中旬に膝をやりまして、2週の松葉杖生活で残念ながらお祭り休養中です。
なんで7月にという思いがありますが、写真を見て楽しんでます。あばれ⇒七尾祇園⇒燈籠山 休養。
宝立七夕で復活をはたそうとリハビリ中です。
山引きましたか? 動き出しの木やりもなかな味があり、なによりべっぴんさんが多いことです。この日は金沢から皆帰るそうです。
 掛け声が聞こえて来そうな、いつもながらみごとなお仕事に感服です。 宝立は8/7です。 行けるかな~
Commented by dendoroubik at 2015-07-27 00:56
☆maturi-bakaさん

酒乱は酒によって 漁色家は女に 博徒は賭け事・・・
人間はホントに好きなものによって身を持ち崩す
古来 そう言われています
祭り好きが 夏に身体の変調をきたす
それはきっと 何かのサインです
慌てずに じっくりご自愛いただくのを願うばかりです

浜から吹き寄せるゆったりとしたそよ風を感じながら
吾妻橋に曳き寄せられた山車を眺めるのは
最上のひと時でした そして花火

でも いちばんこの祭りに引き寄せられたのは
観光客が誰もいない2日目でした

2枚目の 綱を曳くキュートな2人の女の子
メガネの 笑顔がたまらないナイスガイ
キュウリをくわえた3人の素敵な笑顔
升酒の超絶美人・・・どれも2日目の写真です

今度行くときは 2日目から3日目の朝まで(笑)

Commented by dendoroubik at 2015-07-27 01:12
あ! それと・・・

わが師匠 toraさんが maturi-bakaさんに
ブログはじめろと やかましく申しております(笑)

僕からもお願いです
by dendoroubik | 2015-07-25 19:05 | ◆能登の祭 | Trackback | Comments(9)