馬路石邊神社 豊年踊

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滋賀県守山市吉身、馬路石邊神社の祭礼は、
毎年5月4、5日におこなわれます。

4日の宵宮を拝見させていただきました。

白鳳3年(663年)創祀という由緒ある神社だけあって、
まわりのパチンコ店やスーパー銭湯などの喧騒から
隔絶して、森閑とした趣きがあります。

主祭神は、建速須佐之男命、
大己貴命の二柱。

馬道郷を拠点した豪族、石辺君氏の氏神。
・・・これが社名の由来と由緒書にありました。



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拝殿には神輿が据えられています。

『山王祭』の著者、山口幸次さんが、
たまたまこの祭りを見にこられていて、
いろいろとご教示いただきました。

神輿の瓔珞は、神仏が分離された際、
たいていは鈴に付け替えられたらしいのですが、
このように風鐸がそのまま使われているのは
たいへん珍しいのだそうです。

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午前11時よりに神事が執り行われます。

湯立神楽もありました。

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そのあと、巫女舞の奉納。

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宮司さんから、前から撮ってもいいよ、
とお声をかけていただき、失礼して・・・

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正午過ぎから、三々五々、
豊年踊の参加者たちが集まってきます。

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衣装は自宅から着替えてくるようでしたが、
ダスキは掛け方が分からないのか、
神社へ集合してから掛けてもらう子も多かったです。

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坂本の山口氏も、見かねて手伝っていられました(笑)

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この頃より、小雨がパラつきまじめました・・・

雨の日は雨の日なりに・・・

楽しみを発明する子どもたちです。

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いくつかの集落が持ちまわりでおこなう
このあたりの大きな祭りとはちがい、
ひとつの集落だけで執り行うためか、
規模は必ずしも大きくありません。

そのためか、女の子がすごく多いです。

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ササラを低学年、ちょっと大きくなると笛・・・

年齢があがるにつれて、難しい役になるみたいです。

上がり役の音頭取りの中学生のお姉ちゃんたちが、
年少の子どもたちの世話をやく姿・・・

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午後1時、神輿に祝詞を上げられ、
踊りの方々にお祓いがおこなわれます。

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聞きのがしてしまったのですが、
踊りがはじまるまえに、
参加する子どもたちが、ご飯をひとつまみ。

神饌のおさがり・・・でしょうか。

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拝殿と楼門のあいだで、豊年踊がはじまります。

中央で太鼓持ちと、
花笠をかぶった太鼓打ちが躍ります。

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そのまわりを、団扇をもった側踊りが、
「サンヤレ」を順に歌いながら、
左まわりに踊ってゆきます。

両側二列に、ササラ摺り、
笛 、鉦の小学生が囃子を奏します。

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側踊りの中学生の男の子と女の子の
歌声がとてもすばらしかったです。

朗々と杜に響きわたり、
しばし聞き入ってしまいました。

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おそらく子どもの頃から、
ササラや笛で祭りに参加してきて、
この囃子は身に染みついているのでしょう。
上がり役としてつとめる音頭取り、
歌声に込められた思いが伝わってくるようでした。

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「サンヤレ」を歌いながら楼門を出て、
ふたたび輪になって豊年踊がはじまります。

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対面するササラ擦の子どもたちは、
途中で、交互に入れ替わります。

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参道をすすみ、鳥居から行列が組まれます。
先頭には社旗と、猿田彦の面をつけた大榊・・・。

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中山道の手前で、3度目の豊年踊。

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お旅所へ向けて、中山道を南下してゆきます。

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中山道・・・といっても、
旧街道の面影はわずかに残るだけで、
市街地の一画だけあって交通量も多く、
お世辞にも、旅情を掻き立てられる
・・・というロケーションではありません。

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が、辻々で豊年踊がおこなわれると、
やはり祭りならではの高揚した雰囲気が、
あたりに満ち溢れてきます。

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神社からお旅所までの、
ちょうど中間地点あたりでの休憩中。

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雨脚が強くなってきました・・・

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遅れて出発した剣鉾、子どもの花神輿、
子ども神輿、神輿1基も、ここで踊の一行と合流。、

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この豊年踊も、一時衰退して、
おこなわれない時期があったそうです。
昭和51年に復活したときから、
おそらく衣装なども変わり、
女の子の参加が増えたのかもしれません。

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でも、やはり・・・

側踊りの中学生たちの歌声を聴いていると、
連綿とつづく伝統というものが感じられます。

祭りを見ていて、
突如、湧いてくる幸福感をおぼえるのは、
そういうことを感じられる瞬間です・・・

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お旅所・・・市役所裏の駐車場に、
すべての神輿が据えられて、
宵宮の主な行事は終了です。

雨で、ちょっとお気の毒でしたが、
それでも、印象深いお祭りでした。


翌日は快晴。

同じ守山市内や近辺でも、
有名なお祭りがおこなわれていましたが、
きっと、このお祭りも、
華やかに執りおこなわれたことだろうと思います。
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Commented by mahoroba-shahai at 2015-05-08 06:13
地域の神社祭礼、大切に継承されていますね!
維持するのは大変ですが、これからも存続して欲しいものです。
Commented by dendoroubik at 2015-05-08 10:39
☆まほろばさん

ホントにそうですね!

経済効果・・・なんていう尺度では
決して計れないのが こういった行事の価値ですね
氏子さんたちの経済的な負担や労力を考えると
あんまり無責任なことは言えませんけど・・・

いつも敬意を抱きながら拝見させていただいております
by dendoroubik | 2015-05-07 23:12 | ◆近江の祭 湖南 | Trackback | Comments(2)