馬路石邊神社 豊年踊

c0196076_08012540.jpg


滋賀県守山市吉身、馬路石邊神社の祭礼は、毎年5月4、5日におこなわれます。
4日の宵宮を拝見させていただきました。

白鳳3年(663年)創祀という由緒ある神社だけあって
まわりのパチンコ店やスーパー銭湯などの喧騒から隔絶して、森閑とした趣きがあります。

主祭神は、建速須佐之男命、大己貴命の二柱。馬道郷を拠点した豪族、石辺君氏の氏神。
・・・これが社名の由来と由緒書にありました。




c0196076_07572129.jpg

拝殿には神輿が据えられています。

『山王祭』の著者、山口幸次さんが、たまたまこの祭りを見にこられていて、いろいろとご教示いただきました。
神輿の瓔珞は、神仏が分離された際、たいていは鈴に付け替えられたらしいのですが
このように風鐸がそのまま使われているのはたいへん珍しいのだそうです。

c0196076_07572190.jpg

午前11時よりに神事が執り行われます。湯立神楽もありました。

c0196076_07572161.jpg

そのあと、巫女舞の奉納。

c0196076_07572135.jpg

宮司さんから、前から撮ってもいいよ、とお声をかけていただき、失礼して前から・・・

c0196076_23231622.jpg

正午過ぎから、三々五々、豊年踊の参加者たちが集まってきます。
衣装は自宅から着替えてくるようでしたが、
ダスキは掛け方が分からないのか、神社へ集合してから掛けてもらう子も多かったです。

c0196076_07572272.jpg


c0196076_07572270.jpg

坂本の山口氏も、見かねて手伝っていられました(笑)

c0196076_07572086.jpg

この頃より、小雨がパラつきまじめました・・・
雨の日は雨の日なりに・・・楽しみを発明する子どもたちです。

c0196076_08012447.jpg

いくつかの集落が持ちまわりでおこなうこのあたりの大きな祭りとはちがい
ひとつの集落だけで執り行うためか、規模は必ずしも大きくありません。そのためか、女の子がすごく多いです。

c0196076_23241365.jpg

ササラを低学年、ちょっと大きくなると笛・・・年齢があがるにつれて、難しい役になるみたいです。

c0196076_07572087.jpg

上がり役の音頭取りの中学生のお姉ちゃんたちが、年少の子どもたちの世話をやく姿・・・

c0196076_08012300.jpg

午後1時、神輿に祝詞を上げられ、踊りの方々にお祓いがおこなわれます。

c0196076_08012350.jpg

聞きのがしてしまったのですが、踊りがはじまるまえに
参加する子どもたちが、ご飯をひとつまみ。神饌のおさがり・・・でしょうか。

c0196076_08012411.jpg



c0196076_08012423.jpg

拝殿と楼門のあいだで、豊年踊がはじまります。
中央で太鼓持ちと、花笠をかぶった太鼓打ちが躍ります。

c0196076_08012513.jpg

そのまわりを、団扇をもった側踊りが、「サンヤレ」を順に歌いながら、左まわりに踊ってゆきます。
両側二列に、ササラ摺り、笛 、鉦の小学生が囃子を奏します。

c0196076_08012553.jpg


c0196076_08061325.jpg

側踊りの中学生の男の子と女の子の歌声がとてもすばらしかったです。
朗々と杜に響きわたり、しばし聞き入ってしまいました。

c0196076_08012561.jpg

おそらく子どもの頃から、ササラや笛で祭りに参加してきて、この囃子は身に染みついているのでしょう。
上がり役としてつとめる音頭取り、歌声に込められた思いが伝わってくるようでした。

c0196076_08061286.jpg

「サンヤレ」を歌いながら楼門を出て、ふたたび輪になって豊年踊がはじまります。

c0196076_08061293.jpg

対面するササラ擦の子どもたちは、途中で、交互に入れ替わります。

c0196076_08061399.jpg


c0196076_08061312.jpg

参道をすすみ、鳥居から行列が組まれます。 先頭には社旗と、猿田彦の面をつけた大榊・・・

c0196076_08210487.jpg

中山道の手前で、3度目の豊年踊。

c0196076_08061484.jpg

お旅所へ向けて、中山道を南下してゆきます。

c0196076_08061568.jpg


c0196076_08061131.jpg

中山道・・・といっても、旧街道の面影はわずかに残るだけで
市街地の一画だけあって交通量も多く、お世辞にも、旅情を掻き立てられる・・・というロケーションではありません。

c0196076_08061497.jpg

が、辻々で豊年踊がおこなわれると、やはり祭りならではの高揚した雰囲気が、あたりに満ち溢れてきます。

c0196076_08113093.jpg

神社からお旅所までの、ちょうど中間地点あたりでの休憩中。

c0196076_08113012.jpg

雨脚が強くなってきました・・・

c0196076_08113133.jpg

遅れて出発した剣鉾、子どもの花神輿、子ども神輿、神輿1基も、ここで踊の一行と合流。、

c0196076_08113145.jpg

この豊年踊も、一時衰退して、おこなわれない時期があったそうです。
昭和51年に復活したときから、おそらく衣装なども変わり、女の子の参加が増えたのかもしれません。

c0196076_22401115.jpg

でも、やはり・・・

側踊りの中学生たちの歌声を聴いていると、連綿とつづく伝統というものが感じられます。
祭りを見ていて、突如、湧いてくる幸福感をおぼえるのは、そういうことを感じられる瞬間です・・・

c0196076_08132145.jpg

お旅所・・・市役所裏の駐車場に、すべての神輿が据えられて、宵宮の主な行事は終了です。
雨で、ちょっとお気の毒でしたが、それでも、印象深いお祭りでした。


翌日は快晴。

同じ守山市内や近辺でも、有名なお祭りがおこなわれていましたが
きっと、このお祭りも、華やかに執りおこなわれたことだろうと思います。

トラックバックURL : http://gejideji.exblog.jp/tb/24044974
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by mahoroba-shahai at 2015-05-08 06:13
地域の神社祭礼、大切に継承されていますね!
維持するのは大変ですが、これからも存続して欲しいものです。
Commented by dendoroubik at 2015-05-08 10:39
☆まほろばさん

ホントにそうですね!

経済効果・・・なんていう尺度では
決して計れないのが こういった行事の価値ですね
氏子さんたちの経済的な負担や労力を考えると
あんまり無責任なことは言えませんけど・・・

いつも敬意を抱きながら拝見させていただいております
by dendoroubik | 2015-05-07 23:12 | ◆近江の祭 湖南 | Trackback | Comments(2)