若狭 宇波西まつり その1「王の舞」

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4月8日、福井県三方上中郡若狭町
宇波西神社の春祭りを見物しました。

この祭りでおこなわれる「王の舞」「獅子舞」「田楽」は、
「宇波西神社の神事芸能」として、
国の選択無形民俗文化財に指定されています。




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若狭には、平安末期から鎌倉時代にかけて、
京や奈良の大社寺で盛んに演じられた
王の舞(竜王の舞)とよばれる伝統芸能が
多く伝承されています。

若狭の荘園の領主になった、それら大社寺によって
鎌倉時代以降、もたらされたものともいわれます。

若狭町では、宇波西神社以外にも10の神社、
美浜町の2つの神社、
敦賀市、小浜市、高浜町の神社で、
それぞれ伝承されています。

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午前10時頃、到着すると、
境内から、楽しげな笛と太鼓の音色が聞こえてきます。

華やかに飾り付けられた山車。
下部に取り付けられた太鼓を、
着飾った4人の子どもたちが、
代わる代わる打ち鳴らしてゆきます。

交代するときに、
くるんと身体を回転させる仕草が、
とても可愛らしかったです。

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舞楽・・・ちょっと退屈なものかな、
と、思わないでもなかったのですが、、
もう、このお囃子を聴いただけで
盛りあがってしまうから単純です(笑)

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10時半から、神事、式典がおこなわれます。

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宇波西神社(うわせじんじゃ)は、
かつては北陸道唯一の官幣大社として栄えた式内社。
中近世には春日大社の荘園の鎮守社でもありました。

祭神は、彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊
(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)。

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ひきつづき、拝殿で「浦安の舞」が奉納されます。

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つぎの>王の舞までは、少し時間が空きます。

獅子舞、田楽を演じられる方々の着替えもはじまります。

王の舞の舞の舞人の支度だけは、
部外者の立ち入れない「王の舞堂」で
ひと知れず行なわれます。

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12時半、本殿の石段に、
警固、御幣さし、世話方などが集まります。

神刀を両手で頭上に掲げているのは、
出神家(渡辺六郎右衛門)の当主。

このポーズのまま、
神事が無事終わるまで見届けるのです。

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御幣を捧げ持った稚児が、ふたりの警固にともなわれ、
太鼓橋まで、舞人を出迎えにきます。

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王の舞堂の前では、
不思議な太鼓が打ち鳴らされていました。
先ほどの子供たちと代わり、
烏帽子を被った青年が太鼓を打っているのですが、
ひとつ叩くごとに、バチの柄の部分で、
地面に一文字を刻み込んでゆくのです。

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舞人の登場です。

鳥兜に天狗のような鼻高の朱面、
真っ赤な袷を着て、
ダテサゲという前垂れを垂らしています。

紫の手袋をした手には、2メートルほどの鉾。

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舞人が前へ進むのに合わせて、
太鼓も前へ移動されられてゆきます。

・・・というか、太鼓は舞人を先導するものかもしれません。

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裃姿の警固に囲まれて、舞人が本殿に正対します。

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王の舞がはじまります。 

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五方に力強く鉾を突くように舞う「三遍返し」。 

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ゆったりとしたテンポで、境内を舞ってゆきます。

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この王の舞は、海山、北庄、大藪、金山の
各集落が交代で奉仕されているのだそうです。

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舞の間中、おおぜいの警固が
人を寄せつけないように舞人のまわりを取り囲みます。

 舞人を転倒させると豊年になる

そんな言い伝えがあり、
隙を伺って襲いかかる者があるのです。

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実際、この日も何度か、奇声をあげながら、
舞人に襲いかかろうとする人が、
取り押さえられるシーンがありました。

おそらく、これは申し合わせたパフォーマンス。

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滋賀県竜王のケンケト祭りでも、
「イナブロ」と呼ばれる幟の道中で、
これを引き倒そうと襲いかかる者があると、
長刀を持った兵士が警固する、という場面があります。

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どういう意味があるのかわかりませんが、
いずれも様式化された美しい舞の途中で、
こうした思いがけないアクシデントが挿入されると、
祭り全体のスケール感が、グッと増すものですね。

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境内を一周し終えると、ふたたび本殿に正対し、
身を反らせたり、何かを掴もうとするかのような動作を繰り返します。

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観光案内などを読むと、この舞は、
これから始まる農耕に先立って
大地の精霊を呼び覚まし
豊穣を祈願するもの・・・とあります。

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そういえば・・・まるで時空を賦活し、
春を呼び覚ますような緊迫感が漲っていました。

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舞は、40分ほどつづきます。

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それまで、ゆったりとしたテンポですすんでいた舞は、
最後に思いもかけない展開に・・・。

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稚児を抱いて石段下で舞人と正対していた男性が、
舞人から鉾を受け取って、またもとの場所に・・・。

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素手になった舞人は、
今までのスローテンポを打ち破るように、
急激なジャンプを繰り返しながら、
石段下までやって来るのです。

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「雀踊り」と呼ばれるそうです。

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序破急・・・というのでしょうか・・。

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息を呑みました。

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石段下まで到着すると、
本殿へ向かって合掌するような仕草をして終了。

拍手喝采です!

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王の舞の起源については、こんな説もあります・・・。

かつてこの地で人々を困らせた暴れ牛をなんとか追い払おうと、
人々が天狗の面をつけて雄壮な踊りを見せたことが始まりだ、と。

ひきつづき、獅子舞、田楽が奉納されます・・・。
by dendoroubik | 2014-04-11 12:00 | ◆若狭の祭 | Trackback | Comments(0)
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