近江八幡左義長まつり 2013 その3「渡御」

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土曜日のメイン行事は「渡御」<。

十三基の山車が、3時間以上かけて、
近江八幡の旧市街地を練ってゆきます。




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午後2時、騎乗の宮司さんを先頭に、
日牟禮八幡宮を出発。

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クジ順で、次々に山車が躍り出してきます。

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3年まえ、近江八幡左義長まつりは、3月12、13日・・・
東日本大震災の翌日、翌々日におこなわれました。

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この年は、各地の祭りが中止になったり、
開催しても、神事のみを執り行うなど、
内容を変更するところが多かったように記憶します。

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近江八幡の左義長では、
1日目の「渡御」で、全ての山車が参加を自粛し、
2日目の「奉火」は、被災者に捧げられていました。

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 「こんな時に・・・」

自分たちだけが楽しんでいていいのか・・・。
そんな思いを抱かなかった日本人は、
たぶん、いなかったと思います。

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2日目に行く予定をしていたのですが、
とても出かける気になれず、
朝、新聞を読んでいると、
こんな見出しが目にとまりました。

 「こんな時だからこそやる」

それは、翌月おこなわれる予定の、
県下のある祭りの主催者たちが
実施の是非をめぐって議論し、
出した結論を見出しにしたものでした。

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祭りの喜びの背景には、
震災や飢饉、津波や川の氾濫、
火災といった災厄に痛めつけられ、
その都度、再生してきた
先祖たちのの記憶が残響している・・・。

祭りには、再生の喜びと、
再生への願いが強くこめられている・・・。

冬を死に擬えて、
春の訪れ=再生を喜び合う春祭りでは、
なおさらのことだと思います。

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祭りは、限られた共同体の内部で
おこなわれるもの・・・とはいえ、
再生への願いという一点で、
日本人に通底するもの・・・だからこそ、
全く関係のない土地でおこなわれる祭りで、
東北へのエールを染め抜いた幟や法被を
今でも、見かけるのでしょう。

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直截的なメッセージを発していなくても、
多くの祭りは、今年もまた行なわれる、
というそのこと自体で、被災地を含む日本人への
メッセージになっていると感じることがあります・・・。

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あの時、祭りを中止された方々の良心は、
疑うべくもありません。

ただ、「自粛」はいつか解かれるものです。
祭りは、受け継がれつづけることに意味があります・・・。

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まるで工芸品のようなこれらの山車が、
毎年毎年、ただ焚かれるためだけに
丹精を込めて美しくつくられつづける意味を
噛み締めたいと思います・・・。

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3年まえ、新聞記事を読んで、
やはり見に行こうと思い直し、出かけました。

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子供たちの笑顔を見ていいて、
胸が塞がれるようになったのを覚えています。

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by dendoroubik | 2014-03-22 16:28 | ◇近江八幡左義長まつり | Trackback | Comments(0)
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