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水海の田楽能舞 その6 呉服

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大阪府池田市に
「呉服(くれは)神社」という名の神社があります。

「日本書紀」によると、応神天皇のころ、
呉の国から織物の技術を伝えるため、
4人の「縫工姫」(きぬぬひめ)たちが
摂津の国、武庫の津に着いたとあります。

池田市に伝わる伝説では、
そのなかのふたり、呉織(くれはとり)、穴織(あやはとり)が、
猪名川から猪名の港に着き、
そこで織物の技術を伝えたとされています。

呉織は139歳まで生き、
その遺体を納めたとされる姫宮の跡が
現在の呉服神社である・・・と。

この能は、日本に最初に織物、
染織の技術を伝えたという、そのふたりの女性の物語です。



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時の帝に仕える臣下が、摂津住吉に参詣。 

さらにに浦伝いに西宮に向かう途中、
呉服の里でのこと。

彼は機を織り、糸を引くふたりの女性に出会います。

どうもふつうの里人とも思えないので、
不審に思い問いかけてみると、
応神天皇の御代に来日し、
立派な哀龍の御衣を織り染め帝に奉った
呉服織なのだと答えます。

いま、またためでたき御代を迎えて、
再びここに現れたのだ・・・と。

この土地を呉服の里と呼ぶのも、
ふたりが住んでいる故のこと。

夜明けを待つように・・・といってふたりは姿を消します。

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やがて臣下が旅寝して待っているところに
呉服の霊が現れ、めでたき君の御代を寿ぎ、
綾を織り、舞を舞って帝に捧げるのがこの段。

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「紅」は中国「呉」から伝わった「藍」の意。
目もあやなる「呉藍」の衣装の呉服の霊が舞います。

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ことさら当芸において、幽玄の風体第一とせり

・・・世阿弥は能をそう位置づけていました。

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幽玄・・・としか表現できないのに、
その>幽玄の意味がよくわかりません。

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「美しく柔和な姿」・・・と辞書にはあります。 

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もともと和歌から出た言葉だそうですが、
いまや能の専売特許のようになっていますね。

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写実に走らず、
あくまでも美しく風雅に舞うことに重心を置くこと・・・

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どんな舞いだったのか思い出せないほどですが、
ただ「美しさ」や「優雅さ」の印象だけが鮮烈に残っています・・・。
by dendoroubik | 2013-02-23 12:00 | ◆越前の祭 | Trackback | Comments(0)
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