押立神社 ドケ踊り

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滋賀県東近江市北菩提寺町
「押立(おしたて)神社でおこなわれる
「ドケ祭」は,60年に一度おこなわれる祭りです。

前回おこなわれたのが昭和46年ということですから、
次回は平成43年。
18年後ですね。(生きてるかなあ・・・)

数十年まえ、伝承のために「押立神社ドケ祭保存会」が結成され、
5年ほどまえから、人生の「60年」還暦の男女を祝う節分祭に
祭りのメインである「ドケ踊り」が奉納されているそうです。




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押立神社の主祭神は火産霊神(ほむすびのみこと)と
加賀白山からお迎えした伊邪那美命(いざなみのみこと)の二柱。

かつては押立山三瀬岳に祀られていましたが、
978年(天元元年)に神異があり、現在地に遷座。
中世以降は、領主だった佐々木家や井伊家の保護を受けます。

大門(重要文化財)は、室町時代に造営された入母屋造檜皮葺の四脚門。

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はじめて訪れましたが、たいへん立派で、また美しい神社です。

周囲が田に囲まれた鬱蒼とした見事な社叢林、
その横には近江商人松居泰次郎、
房治兄弟寄贈の旧西押立国民学校の校舎があり、
どこか懐かしい景観をつくっています。
(水田に水が張られる頃に、もう一度訪ねてみたい・・・)

本殿(重要文化財)は応安6(1373)年造営の三間社流造。

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押立山三瀬岳から当地へ遷座の際、祭神を導いたという猿・・・

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午前10時から節分祭がはじまります。

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記念撮影・・・。

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還暦を迎えられた方々による福豆、福餅まきがあります。

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そのあと「ドケ踊り」の奉納があります。

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装束が奇抜です。

鬼と般若の面を被り、
女物の紅い長襦袢のうえに煌びやかな陣羽織、
鞨鼓をさげた踊り手が「バリ」と呼ばれるカラフルなバチを持って、
体を上下左右に揺らしながら踊ります。

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「ドケ」の語の由来にはふたつの説があるそうです。

ひとつは、踊るさまが滑稽なことから「道化」が転訛したものだという説。

いまひとつは「退け! 退け!」という警告からきているというものです。

「ドケ祭」では二柱の祭神のお渡りに
この踊りが随行するものなので、
「神様のお通りだ」・・・というわけですね。

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  ドッケノ ドッケノ シッケノケ

これが囃子詞です。
どこか愛嬌のあるそのお囃子を聞いていると、
やはり「道化」・・・かなあと思えてきます。

お囃子はササラ、鉦、鼓、太鼓、笛。 

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明治までは17カ村6郷で数百人が
1週間ほどかけて村々を踊りまわったといわれます。

もっとクレージーな踊りを予想していたのですが、
テンポはスローでやはり風流な踊りでした。

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江戸時代の「ドケ祭」の詳しい記録は残っていないそうです。

江戸時代の中ごろからはじまったとも、400年以上つづくともいわれます。
by dendoroubik | 2013-02-04 21:13 | ◆近江の祭 湖東 | Trackback(1) | Comments(0)
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Tracked from ローカルニュースの旅 at 2014-02-06 22:39
タイトル : 60年に1度の「ドケ踊り」、継承へ奉納
本来は60年に1度の古式祭でしか披露されない神事「ドケ踊り」が3日、押立神社で奉納された。開催回数の少ない伝統文化を継承しようと、近年は節分の日にあわせて地元保存会メンバーが特別に舞っており、独特のリズムの踊りで観衆を魅了した。「押立神社ドケ祭保存会」は節分の日の特別奉納のほか、地元の小学生に振り付けを覚えてもらう指導にも取り組んでいる。... more