京都 久多花笠踊り

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久多花笠踊り(国指定重要無形民俗文化財)・・・

山鄙の闇夜に繰り広げらていたのは、
見る者に鮮烈な印象を与えずにはおかない美しい光景でした・・・

これもぜひ見物したい行事のひとつでしたが
今まで二の足を踏んでいたのは、
久多が800~900メートルの山間の集落であり、
夜中におこなわれるということもあって、
運転に自信の持てないことも理由のひとつでした。

現在は京都市左京区に編入されていますが、
江戸時代には近江朽木藩の所領。
安曇川の支流には中世から材木を
供給していた集落がいくつもありますが、
久多もそんな林業を生業としていた集落のひとつです。

林業の神様というべき「しこぶちさん」を祀る
「七しこぶち」と呼ばれる神社が滋賀に六社あり、
残り一社がこの久多にあって、花笠踊りはこの神社に奉納されます。

現在も、京都、花脊側からの道路が冬に通行止めになることから、
郵便は大津市の管轄になっていたり、
買い物なども高島市へ行かれることが多いそうで、
近江との繋がりはいまも強いようです。

白洲正子さんはこの踊りを見物したときのことに触れた文章「葛川 明王院」
『かくれ里』)のなかで
「近江の久多」と書いていますが、
あながち間違いとはいえないかもしれません。

(そういえば、飛び出し坊やも「0系」がいました(笑)



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午後7時過ぎ、志古淵神社の本殿に、
白装束に烏帽子姿の二人の神主さん(神殿/こうどの)が現れ、
祈り祓いをします。

これが終わると、二人は夜道を
久多川沿いに上流の方へ歩いていきます。

片手に扇子、もう一方の手には柄の長い番傘を
肩に担いで持っています。

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夜道、何箇所かで立ち止まり・・・
おそらく山に、でしょうか・・・祈り祓いをおこないます。

10分ほどで大川神社に到着。

川沿いのこの小さな神社には
幹周約50センチ、樹高40メートルほどの
「久多の大杉」と呼ばれる、まわりからもよく目立つ巨木が聳え立っています。

その根元の社で、祈り祓いがおこなわれるのですが、
四つんばいになって対面する姿が印象的でした。

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神主さんは更に夜道を上流へ歩き、
久多川を渡って上の宮神社へ到着したのは午後8時頃。

二人の到着を待ちかねていたように、各集落・・・
上の町・中の町・下の町・宮の町・川合町
の花笠が境内に持ち込まれ、社殿に供えられていきます。

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花笠は祝詞をあげられ、いったん社殿のなかへ。

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花笠は、六角形の笠に蝋燭をともす行灯が載せられ、
四隅は透かし飾りが貼られています。
その上に朝顔、ぼたん、菊、ダリヤ、ひまわりなどの
和紙でつくられた造花が飾られています。

暗闇のなかに、蝋燭の炎で浮かびあがる花笠はとても幻想的で、
観衆からは「なんて綺麗!」と感嘆の声があがります。

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花笠つくりは、男衆の仕事。

各地区では14日のお盆行事が終わると、
年毎に持ち回りされる「花宿」と呼ばれる家に集まって、
花笠つくりに精を出すそです。

花は和紙でつくられるのですが、
菊だけは「はしまめ」と呼ばれる植物の茎の芯をつかってつくるのだそうです。

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社殿に奉納された花笠が戻され、
花笠踊りが奉納されます。

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締太鼓のみの伴奏で「中世に流行した室町小歌をしのばせる歌」にあわせ、
男衆が花笠を手に持って踊ります。

「踊る」・・・といっても、いわゆるダンスではなく、
身体をユラユラゆらしたり、
上下させたりするだけのシンプルな動きです。

白洲正子さんは先の文章のなかで、その様を「反閇」(へんばい)と表現していますが、
暗闇に花笠がゆらめく姿はどこか妖しげで美しい。

上と下の二組が交互に掛け合うように踊られます。
 
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手に持つだけの花行燈をなぜ「花笠」と呼ぶのか不思議に思われる方もあるでしょうが、
じっさい、昭和初期までは
この灯篭を少年たちが頭にかぶり踊っていたのだそうです。

過疎と高齢化から、中高年の男衆が
手に持って踊るようになったのでしょうか・・・

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上の宮神社での踊りの奉納が終わると、
神主さん(神殿)がたどってきた道を戻るかたちで、道行きがはじまります。

街灯の乏しい、星のよく見える夜道を
大きな提灯を先頭にすすむ花笠の行列が
なんとも幻想的ですばらしかったです。

日常からまったく隔絶した美しさです。

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大川神社でも踊りが奉納されます。

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志古淵神社に到着したのは午後9時過ぎ。
本殿へ花笠が奉納されていきます。

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花笠が奉納されているあいだ、
境内の中央に設けられた櫓のまわりで盆踊りがおこなわれています。
そして午後10時、花笠は男衆のもとに戻され、踊りの奉納がはじまります。

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久多花笠踊は室町末期、
京で流行した風流踊りが伝わったものといわれ、
精霊供養と産土神、志古淵大明神に、
五穀豊穣の成就への感謝をこめて奉納されます。

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二人の神官が拝殿に端座して花笠踊りを見つめています。

「みなさんの踊りの奉納を、
きっとわれわれの産土神、志古淵大明神様もお喜びのことでしょう・・・」


最初の踊りが終わると、神殿から、
踊りの奉仕に対する感謝の言葉が述べられます。

男衆は膝をついた姿勢で「へいへい」と返事をします。

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踊りの曲目は、十数曲が伝承されているそうですが、
地元に伝わる「花笠踊本」には、100以上の歌詞が残されているそうです・・・

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僕が祭りにいちばん惹かれるのは、
祭礼の衣装や様式化した踊り、装飾品の意匠などを通じて、
日常では隠されている古代や中世・・・
昔の日本人がもっていただろう感情が
徐々に立ち現われてくるのを感じられる、その瞬間です。

美しい心や荒ぶる心・・・
もちろん、そんなものは受け手の勝手な妄想
・・・にすぎないのかもしれませんが、
久多の花笠踊りを見ていると、失われたものが蘇るというよりも、
ひょっとして中世がそのままストレートに引き継がれているんじゃないか
と思うくらいのインパクトがあります。

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拝殿まえの踊りから、櫓を中心にした輪踊りに変わりました。

ふと、かつてこの花笠を被って少年たちが踊っている姿を想像してみました。

それはちょっとなまめかしく官能的な美しさを湛えた情景だったかもしれません・・・

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もう時刻は深夜。

いつ果てるとも知れない花笠踊り・・・翌日、仕事だったので、ここで久多を後にしましたが、
鮮烈な印象は今でもジンジンとつづいています・・・

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Commented at 2015-01-27 21:21 x
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by dendoroubik | 2012-08-27 00:00 | ◆京の祭 | Trackback | Comments(1)