2012年 08月 16日
石崎奉燈祭 その1
立山から下りて向かった先は
能登半島、七尾市の石崎。
名高い和倉温泉のすぐ近く。
「石崎奉燈祭」(いっさきほうとうまつり)。
「いつか行きたい祭りリスト」はいくつもあるのですが、
この祭りもいつもそのリストの上位にありました。
やっと見ることができましたー!
和倉温泉は歴史は古く、
平安時代にすでに発見されたといわれ、
江戸時代から温泉地として知られていたそうです。
石崎はその和倉温泉に隣接する漁村です。
・・・と、そんなことよりも、
石崎の地は8月におこなわれる
石崎奉燈祭でその名を知られています。
以前、取引先の七尾市出身の女性に
「七尾といえば、キリコ祭りで有名ですね」
・・・といったところ
「キリコじゃありません! ホートーです!」
と諌められたことがあります(笑)
「キリコ祭り」というのは、
能登半島で夏から秋にかけておこなわれる、祭りの総称で、
巨大な灯籠のようなものをとりつけた山車
(これがキリコともホートーとも呼ばれます)
が神輿に随行するのが特色です。
祭りの数はおよそ200。
ひとつの祭りに複数のキリコ(ホートー)が登場するので、
700~800基のキリコがあるといわれるそうです。
(石崎では6基の巨大ホートーが登場します)
同じ特色をもつ祭りだからといって、
呼び名はそれぞれちがうわけですから、
石崎の祭りに登場するのは
キリコではなくてホートーなわけですね。
この写真を見て何かお気づきでしょうか・・・?
石崎奉燈祭のメイン会場 「堂前」と呼ばれる場所です。
そう。電柱がありませんね。
19世紀、能登半島のキリコは巨大化し、
装飾も華美になっていったといいます。
ところが、明治も末になると、
巨大キリコは影をひそめるようになります。
町中に電線が縦横に張り巡らされるようになり、
巨大キリコの御渡ができなくなったのです。
仕方なくキリコの寸を詰める地域が多くなるなか、
石崎の住民は一計を案じます。
ホートーの巡行に邪魔にならないように電線の架線を工夫した!
「文明の利器」・・・といいながら、
逆にその利器の奴隷になってしまうことが多いのは現代も同じ。
そのなかで誰が主役なのかを見事に主張した、
すばらしい発想ですね。
現在、このあたりの電線が
地中化されているのかどうかは知りませんが、
電柱のある場所も高く設置されているのを
感心して眺めながら町を散策しました。
石崎に高さ12m(重さ2t)という
巨大ホートーが残った所以です。
心意気を感じますね。
サー イヤサカサー サカサイ
サカセ サカセッセト
掛け声を文字で書き写しても、
このナイスな男たちの心意気はおそらく伝わらないでしょう・・・
見物するまえは、
漁師町ならではの荒々しいイメージをもっていたのですが
サー イヤサカサー サカサイ
・・・と重さ2tのホートーを担ぎあげる男たちの所作は、
どこか軽妙で洒脱な印象さえ受けました。
掛け声もささやくように聞こえます。
ちょっと意外でした。そして、この笑顔。
祭りというのは、同じようなことをやっていても、
その土地の気質や人情を自然と反映しているものだと思います。
重さ2tのホートーを担ぎあげるには、
よっぽどの膂力が必要でしょうが、
晴れやかな笑顔を浮かべながら粋に巡行していくその姿も、
石崎の人々の人柄を表しているのかもしれません。
はじめて見たときから、すっかり見惚れてしまいました。
石崎奉燈祭は現在、
能登のキリコ祭りを代表する祭りのひとつに数えられますが、
その歴史は意外に新しく、明治22年、
奥能登より古いキリコを譲り受けて以降のもの。
それまでは京都、祇園祭を模した山車が
巡行していたようですが、度重なる大火で焼失。
キリコ(ホートー)祭りへと変貌したのだそうです。
明治半ば以前の山車が
どんなものだったかはわかりませんが、
あるいは氷見の祇園祭に登場するようなものだったかもしれません。
サー イヤサカサー サカサイ
サカセ サカセッセト
形状や行事に多少のちがいはあっても、
キリコ祭りと総称される行燈山車が
どうして能登半島の広範囲にわたって伝播し、
受け継がれていつのか、とても不思議です。
これだけ類似したものが、
これほど多く分布している例は他にないんじゃないでしょうか・・・?
一説には、キリコの原型は
笹の先に行燈を吊るした「笹キリコ」と呼ばれるもので、
それが次第に巨大化していったのだといわれます。
夜の神輿の渡御の際に
道を照らすことが目的だったキリコ・・・
それが巨大化していったのは、
きっと能登の人々の心性が投影しているのだと思います。
能登半島・・・とひと口にいっても、かなりの広範囲・・・
キリコには彼らのソウルに訴える何かがきっとあるのでしょう。
以前から、もうひとつ不思議だったのは、
能登から富山、新潟、秋田、青森にかけて、
形状こそちがえ巨大が行燈行事が
日本海沿岸に連なっていることです。
能登の「キリコ」、富山砺波地方の「夜高あんどん」、
同じく魚津の「たてもん祭り」、
新潟の「弥彦神社の灯篭神事」、
秋田の「竿灯まつり」、「能代の眠り流し」、
「弘前のネプタ」と青森の「ネブタ」・・・
伝播と影響関係については
北前船の航行によるものとの指摘がありますが、
彼らが巨大な行燈に想像力を掻き立てられ、
血を滾らせたのはなぜなのでしょうか・・・
夏の空に奉灯が映えますねー
真夏の気温の中、2tを男たちが担ぐ!!いやはや、想像するだけで汗がでそうでもあります
広角でグッと近寄ると、熱気が伝わりますね 凸!
最初は「キリコでもホートーでも どっちだってええやん!」
…と思っていたのですが 実物を見ると やはりこれはホートー以外にありえない!…と考えを改めました(^-^)
あの炎天下に あれだけさわやかにホートーを担げるなんて やはり謎です
掛け声が耳から離れません…
ありがとうございます(^O^)/凸
似た様なリスト、私もカテゴリ別にいろいろ作ってあります。
それにしても、普段はパッと見やんちゃそうな男子がお祭りには団結して頑張る姿・・
こういうギャップにグッときてしまいそうです。
楽しいとじっくりカメラを構えられない私、安定した素敵写真が素敵です!!
それにしても良いお天気、お祭り日和ですね!
晴天だと テキトーに撮ってもなんとかなりますね…写真的にはいいんでしょうけど
なにしろ暑かった~(>_<)
山の上は 同じ天気でも涼しいんですが この炎天…めまいがしました(ノ><)ノ
やっぱり日本男児がいちばん輝くのは祭りのときでしょう!
男が見ても グッときます^-^
そんな祭りを見守る女子もいい!
他には山ほど不満や嫌悪を感じる日本ですが この一点をもってして こよなく愛してしまいます
(ものすごく偏った視点でスミマセン^_^;)