お花見日記4 寺田屋騒動

c0196076_0445231.jpg

伏見に来て訪れないわけにはいかない場所といえば、ここ寺田屋。
幕末を語るうえで欠かせない「寺田屋事件」の舞台です。

文久2年の薩摩藩尊皇派等の鎮撫事件
(海音寺潮五郎の『寺田屋騒動』という史伝が決定的におもしろい!)
よりも、もうひとつの「寺田屋事件」・・・
慶応2年の伏見奉行による坂本龍馬襲撃事件
を思い浮かべるひとの方が多いでしょうか。

 「裸のお龍さんで有名なお風呂です。」

というチープな手書きPOPが、
逆に「ホンモノ」感を演出しています(笑)

ある意味、建物以上に歴史的事件の生々しさを
伝えてくれるようにも思えますが・・・
2008年、京都市は調査の結果
「幕末当時の建物は鳥羽・伏見の戦いの兵火で焼失。
現在の建物は後に敷地の西隣に再建されたもの」
・・・と公式に結論。

「ホンモノ」」ゃなかったのですね・・・




c0196076_10581536.jpg

しかし、まあ「再建」「非-再建」論争が長くつづき、
現在は「再建」で決着している法隆寺だって、
いまだに「聖徳太子が建てたそのままの寺です」
と言い切っているわけですし、
斑鳩の白い道のうえに立てば
「そうであってもおかしくないかなあ・・・」
などと、つい感じてしまったりしますので、
これは「信仰」に属する問題なのかもしれません。

c0196076_028294.jpg

薩摩藩と長州藩の和解を目指して奔走していた坂本龍馬は
濠川の畔のこの寺田屋を定宿としていました。
薩摩藩からの紹介がきっかけだったといいます。

ありえないばずの薩長同盟が実現へ向け動き出したことは、
幕府にとっても脅威・・・そのキーマンである龍馬という男も、
いつのまにか端倪すべからざる存在になっていました。

慶応2年1月、薩長同盟締結。

その締結を見届けた龍馬は23日夜に寺田屋へ。

当時の伏見周辺は幕吏により厳戒態勢が敷かれていましたが、
案の定、龍馬が宿へ入る姿を確認した幕吏は奉行所へ急行。
知らせを受けて伏見奉行所から出動した捕吏の人数は
50人とも100人以上ともいわれます。

24日の午前3時、彼らは寺田屋を取り囲みます。

c0196076_0335069.jpg

その頃の寺田屋は、女将のお登勢が取り仕切っており、
龍馬は、後に妻となるお龍を彼女に預けていました。

c0196076_9522233.jpg

この夜、風呂に浸かっていた真木よう子・・・

c0196076_055243.jpg

・・・もとい、お龍は宿のまわりの異変に
いち早く気づき、裸のまま飛び出します。

c0196076_1126213.jpg

裏階段をそのままの格好で(!)2階へ駆けあがり・・・

c0196076_11233383.jpg

龍馬や長州の三吉慎蔵らへ異変を伝えます。

c0196076_0381158.jpg

真木・・・もとい、お龍のこの機転が福・・・龍馬らを救います。

急襲されていればひとたまりもなかったでしょうが、
一拍おくことができた龍馬らは、拳銃や手槍を用いて防戦。
多勢とはいえ、捕吏たちが寄せ集めにすぎなかったのも
幸いしたかもしれません。

予想外の展開に捕吏たちは泡を食い、
狭い部屋での抜刀し乱戦になります。
これでは多勢のメリットが発揮できません。

c0196076_0432574.jpg

そのときの刀痕がこれです(苦笑)

c0196076_00182.jpg

龍馬らは、辛くも裏手から屋根づたいに脱出。
先に寺田屋から脱出していたお龍が薩摩藩邸に駈けこんでおり、
その庇護のもと救出されます。

c0196076_1123825.jpg

龍馬はその後、伏見から京の薩摩藩邸に移って、
ふたたび伏見へ戻り、大阪から船で鹿児島に脱出。
真木ようことの日本初といわれる新婚旅行へ出かけます。
トラックバックURL : http://gejideji.exblog.jp/tb/18119054
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by nochi423 at 2012-06-23 10:49
面白いー!ドラマは見ていませんでしたが、龍馬ファンがまわりに多くて。
「~じゃき!」「~だぜよ」いまだに言う人がいるのでうつります。
歴史の舞台であれこれ想像するのも楽しいですね!

そして花の写真…手持ちで撮られたのでしょうか。
こんな風に撮りたいー!
Commented by dendoroubik at 2012-06-24 03:47
☆ノチさん

僕もドラマは見てないです…というか3回くらい見たんですが 1回忘れてしまってから面倒くさくなって^_^;
司馬遼も大人になってから読んだので あまり夢中になれなかったです…

飲み会だったので…三脚はなし…もちろんスナップです
それにしても 飲みながら撮った写真は いつもにも増してひどいものでした(>_<)
飲みながらあんなハイブローな写真を撮れるノチはエラい!
Commented by うずら at 2012-06-25 11:57 x
昨年、落語会があったので伏見まで行ったのですが、
見学出来る時間が過ぎていて入れませんでした。
なんか、閉館時間が早かったような・・・
再建であっても、まことしやかな表現?に、
訪れる観光客は納得するんやろうね。
ドラマはもちろん見てましたが、真木さんの全裸姿は、
もちろん映ってませんでした!
Commented by dendoroubik at 2012-06-25 20:53
☆うずらさん

前々から お会いしたらお話ししようと思ってたのですが
伏見に「うずら商店街」というのがあるのをご存知でしょうか
見たのがかなり前だったので 今もあるのかどうかわかりませんが
不思議なネーミングが印象に残っています
あ! それと武田百合子の『富士日記』に「うずら亭」というのが出てきますが
ここから採られたのでしょうか
・・・って 全然 関係のない話でした^-^;

真木さんの全裸姿はなかったのですね!
実は見逃したのを ちょっと悔やんでたんですが^-^;
Commented by うずら at 2012-06-27 11:41 x
え~っ! 知らないです~。
どういういわれでネーミングされてるんでしょ? うずら商店街。
武田百合子さんの『冨士日記』・・・読んでません・・・無学なもんで(汗)
うずらって、ポピュラーな鳥なんですかね?
というか、いろんなところでID登録をしようと思うと、
意外に?uzuraって、すでに使われてたりします。
そこかしこの「uzura」は、私ではないというか・・・
関係ない話でした~(苦笑)
行ってみよ・・・。
Commented by dendoroubik at 2012-06-27 22:50
☆うずらさん

先輩の家で呑んでいて 旧約聖書に出てくる「うずら」の話なんかを聞いた翌朝 駅へ向かう途中に遭遇したんです
あまりの偶然に一同ビックリ!
しかも「うずら商店街」なんて ちょっとありえないネーミングでしょう?
そのとき見たきりなので いまもあるかわかりませんが 名前の由来をぜひ知りたいものです!
by dendoroubik | 2012-06-21 00:00 | 京都 | Trackback | Comments(6)