海津 力士まつり

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海津まつりは、毎年4月29日に行われる
海津天神社の春の例大祭。 

御輿2基が、海津天神社から海津、
西浜の各氏子をまわるという、
とくに珍しいところのない行事がメインですが、
特徴的なのは御輿を担ぐ若衆が、
色鮮やかな化粧まわしを着けていることです。 




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びわ湖西側の最北部、海津の町が拓けたのは早く、
平安時代から湖上交通の要衝として栄えます。 

中世には北陸から京、大坂への荷物や年貢米は、
敦賀から陸路(七里半越)を経て海津、塩津に集まり、
船で大津へという順路を運ばれるようになり、
町はさらに発展を遂げるようになります。

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現在の海津の町は往時の繁栄を
かすかに偲べる町並みが残るものの、
ふだんは静かな街道筋です。 

江戸時代中期には、100石積以上の大型丸子船が
60艘以上、200人前後の舟乗り(加子)がおり、
回船問屋も6.7軒はあったといわれるほどの隆盛ぶり。 

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西廻り航路が開通すると、敦賀からの廻米は激減し、
ややその隆盛に陰りが差しはじめますが、
近江、美濃両国の外港として、
貨物の集散基地の役割を果たすことで面目を保ちます。 

この祭りがはじまったのは、
およそ300年まえといわれますので、
そんな時代背景の下に生まれたのでしょう・・・

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でも、どうして若衆たちは、
煌びやかな化粧まわしをつけて御輿を担ぐようになったのでしょう・・・? 

観光案内なんかには 

 「当時、回船問屋で働く若者たちが
 力士をマネて化粧まわしを着け、
 その美しさを競ったのが始まり」

・・・と書かれていますが、
なぜ「力士」なのかがピンときません・・・

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こんな話も伝わっています。

海津がもっとも栄えていた江戸時代中ごろ、
船を出す風を待つ間にいくどとなく相撲興行がおこなわれていたそうです。 
あるいは腕自慢の回船問屋の若衆と力士が
戯れに相撲をとっていた・・・ということもあったのかもしれません。 

負けた力士が化粧まわしを置いていったという話もあるそうで、
ことによったら、それがこの祭りで
化粧まわしが着用されるようになった起源かもしれません。

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回船問屋の若衆にとって 
「力」の象徴である 「力士」は憧れの的。 

彼らがつけている化粧まわしを身にすることは
きっと誇らしいことだったのでしょう。 

だから、たんに 「力士のマネをして」というよりも、
かつて力士を負かしたことがある
・・・という力自慢たちの矜持から身につけるようになった、
と考える方がしっくりくるように思えます。

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話はちょっと逸れますが・・・

父が通っていた京都の小学校にある日、
有名な関取 (四股名は忘れました・・・)が慰問に来たそうです。 

級友たちがわけもなく投げ飛ばされるなかで、
父だけがその関取を投げ飛ばした・・・とは本人談(笑)

もちろん、小学生相手の相撲ですので、
手加減して負けてくれたことは本人も承知のうえですが、
何度もうれしそうにその話をするのを聞かされた記憶があります。 

 力士に勝つ

・・・というのは、ウソでもうれしいことなんですね。

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「海津の力持ち」といえば、
鎌倉時代の説話集 『古今著聞集』に登場する 
「遊女お兼」の話も忘れてはいけません。 

時代はずっと遡って平安時代・・・

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ある日西国から海津に来た武士が、
旅で汚れた馬を湖岸で洗っていたところ、
そばに立てかけてあった竹ざおが倒れ、
びっくりした馬が暴れて逃げ出します。 

馬のまえに悠然と立ちふさがったのは、海津の遊女、お兼。 

なお逃げようとする馬の手綱を引っ張り、
馬をピタリと止めてしまいます。 

お兼の高下駄が砂に食い込み、
足首まで埋もれてしまうほどの馬の勢いにもかかわらず、
見事に馬をストップさせた彼女の桁外れの腕力に 
まわりにいた人びとは感心した・・・という話です。  

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平安時代にあったという、このお兼という女性の事件と、
江戸時代の相撲興行や化粧まわしの話には
なんのつながりもありません。 

ただ「海津」といえばこの怪力女性の昔話と 
「力士まつり」が連想され 
「海津」=「力持ち」という図式が自然と浮かんでしまいます。

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ふだんはそんなイメージとは程遠い静かな町並みですが、
化粧まわしをつけた若衆たちによる御輿の渡御を眺めていると、
海津の腕自慢、力自慢の人々の面影が彷彿とします・・・

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by dendoroubik | 2012-04-29 11:58 | ◆近江の祭 湖西 | Trackback | Comments(2)
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Commented by yume at 2012-05-01 23:09 x
妹が結婚したのが3月。妹の義姉になる人が「4月になったらお祭に来てくださいね~」と言ってくださっていましたが、ぁあ。。このお祭りだったんだなぁと今頃(あれからもう何十年。。。)そのお祭りをここで見せてもらいました。(笑)
妹の旦那の実家に行ったのもつい最近の事で湖西にこんな静かで雰囲気のいい町があるんだぁ。。とたいそう感動したものですが、その町にきれいなひらひら帯(笑)をつけた男性が担ぐおみこしが元気よくかけぬけるんだぁ。。と思うとまたその風景を無性に見たくなります。

Commented by dendoroubik at 2012-05-02 14:38
☆yumeさん

海津の町は なにもないときでも町並みと湖岸の景色が見応えありますね

祭り風情も また格別でした
大津からはびわ湖の端から端…という感じで ちょっと遠いのが難点ですの(>_<)

北陸と近畿 日本海気候と瀬戸内気候 そして陸と湖のあわいにひっそりと佇む町…
歴史の厚みの感じられる町ですね!