比良八講2

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春先に比良山系から吹き降ろす北西の季節風 
「比良八荒」にまつわる、
滋賀ではよく知られたこんな言い伝えがあります。

むかし・・・比叡山の若い托鉢僧がびわ湖対岸で急な病に倒れ、
在家の信者の手厚い看病を受けます。 
その家の娘は托鉢僧に恋し 思いを打ち明けますが、
相手は修行の身。 窮した僧は 
びわ湖の西岸の彼の庵まで、
100夜、たらい舟で通ったなら夫婦の契りを交わしましょう
・・・と苦し紛れの言い逃れをします。 
ところが、娘はその言葉を信じ、
毎夜たらい舟でびわ湖を渡り通ってきます。 
いよいよ100日目という夜、
目印の灯篭の火が折からの比良颪によってかき消され、
哀れ娘は湖の藻屑と消えた・・・という話です。 

この話にはいろいろなヴァリエーションがあって、
溺れた娘は 「イサダ」 という魚になった、とか、
灯篭の火は風で消えたのではなく、修行僧が吹き消したなど、
多少の異同はありますが、娘の無念の思い
・・・あるいは怨念が、春先の「比良八荒」 を呼ぶのだ
・・・という点は共通しています。

「比良八講」 の一行に、ぼんぼりを手にした 
「稚児娘」が加わっているのは、
法要で彼女らがびわ湖西岸に上陸することにより、
思いを遂げられなかった昔話の娘の満願成就させよう
という思いが込められているのだといいます・・・




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浜大津港を出発したビアンカは、
約2時間ほどで近江舞子ホテルの桟橋に到着します。

船のうえでは、比叡山一山の衆僧による施餓鬼法要や、
水難者の回向などがおこなわれるそうです。 

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ふたたび法螺貝を吹き鳴らしながら、
一行は雄松崎の会場まで練り歩きます。

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「比良八講」の法要は、
戦後、比叡山の箱崎文応大僧正によって「再興」 されたもの。 

「再興」・・・といっても、同じ行事がおこなわれていたわけではないらしく、
琵琶湖を愛した師が、水難と湖上安全を祈念するために
新たに奉修したもの・・・といった方た正しいかもしれません。

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天台宗のよりどころとなる教典「法華経」八巻を講説する法要 
「法華八講」が、古代の比良の神々(「比良明神」「比良権現」など) 
と習合し営まれるようになった法要が「比良八講法会」 
と呼ばれていたそうで、これが現在の比良八講の基とされているもの。 

春先におこなわれていたその法要は、
神々に対して五穀豊穣を祈るものであったようです。

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信長の比叡山焼き討ち、鎌倉期に興った新宗教の隆盛によって、
いつしかその 「比良八講法会」 は途絶えていきます・・・

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雄松崎に設けられた護摩道場での採燈護摩供が
山伏たちの手によって執り行われます。 
比良明神、比良権現に対して報恩感謝の意味があるそうです。

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またたくまに火が燃えひろがっていきます・・・

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風向きの加減でしょうか・・・
煙が渦巻きながら すごいスピードで天に駆けあがっていきます・・・

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酒井大阿闍梨は、比叡山延暦寺の千日回峰行を
2度満行した行者として知られています。

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2度の満行というのは、比叡山の長い歴史のなかでも
3人しかおられないそうで、しかも2度目の満行は
60歳という最高齢での達成。 

得度が40歳という、宗教人としては遅いスタート・・・

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大阿闍梨のお加持を受ける人々・・・

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法要終了後、恒例の餅まきがありました・・・
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Commented by toco-luglio at 2012-03-28 23:22
う~ん、勉強になりました。
煙が迫力ですね。
前記事でいただいたコメの「山王祭」のモーターボートと軽トラの話には
思わず笑みが...(笑)面白いです。是非見てみたい~
合理的な「滋賀人」らしいと思います。
鎌倉では禅宗のお寺が多いせいか、托鉢のお坊さんはよく見かけますが、
だいたい墨染めの衣姿です。
山伏姿のお坊さんは殆ど見かけないので珍しいです。
そういえば、夫が「琵琶湖タワー」憶えていると言っていました…
Commented by dendoroubik at 2012-03-29 00:33
☆tocoさん

祇園祭だったかで 山伏姿のおじさんたちが 2階のシースルーのカフェでお茶しているのを見かけたときにはたまげてしまいました(^O^)

山王祭の軽トラとモーターボートには ちょっとがっかりしましたが^_^; それでもこの祭り その歴史といい スケールの壮大さといい 多彩さといい 祇園祭とならんで日本を代表する祭りだと思います

経済的なバックボーンを失ったために 不当に評価が低いのが残念ですが 末社の東京の祭りが 日本三大祭りに数えられるのが 納得できません(ノ><)ノ

祭りはもうはじまってますが クライマックスは来月の12~14日ですね
Commented by nochi423 at 2012-03-29 20:01
煙が雲にも見えてドラマティックですね^^
オジサマ達が素敵に見える・・・

娘と修行僧の話、切ないですねー><;
「報われない萌え」としては嫌いじゃないです。
お祭りにまつわるお話いつも有難うございます^^
Commented by dendoroubik at 2012-03-30 18:13
☆ノチさん

この昔話は 余呉湖の天女の物語とともに
滋賀でもっともよく知られた話だと思います

「百夜通い」の物語は 全国にいっぱいあるみたいですが
「びわ湖」と「比良八荒」が登場するのが 県民の好みに合うのでしょうか

3年まえ この昔話をモチーフにした
「お満灯篭まつり」 なる新しい祭までできてしまいました^-^
昨年は震災で自粛されたので 立ち消えになるんだろうと思っていたら
今年もやるそうです^-^
by dendoroubik | 2012-03-28 18:00 | ◆近江の祭 大津 | Trackback | Comments(4)